2018年1月27日土曜日

大きく見せようとしている自分が一番格好悪い

時々自分のブログを読み返します。4年余りの自分のブログを読んでみると、いかに僕が自分の考えが強すぎる人間なのか、この数年前でもあまりにも幼い考えをしていたのか、心の底から恥ずかしくなります。でもそれを消すという行為は今の所しないつもりです。恥ずかしいけど、これがその時の自分だからです。格好悪く恥ずかしい自分を隠すというのはしたいけど、したくないというか。自分を大きく見せるという行為が僕はどうしても好きになれないし、できるだけしたくない(でも僕は絶対どこかで自分を大きく見せようとしていますが)。等身大の無理をしない自分でいるのが理想です。だって大きく見せようとしている自分が一番格好悪いと思うからです。でも、逆説的ですが、結局格好良くいたいという自分もすでに無理をしているのかもしれません(笑)。

2018年1月20日土曜日

すごくきれいに元気に実をつけてくれました



冬の朝は空気が冷たくて澄んでいて気持ちいです。醫院の前ですごくきれいに元気をくれるものを見つけたので、みなさんにもおすそ分けしたくて写真をアップしました。なんか呼吸ができた感じがしました。

2018年1月13日土曜日

自分の中に汚いものがあるから綺麗なものがわかる

菜根譚の中にこんな言葉があります。

潔(けつ)は常に汚(お)より出(い)で、明は毎(つね)に晦(かい)より生ずる

清潔なものは常に汚い物から出てくるし、明るいものは常に暗い物から生ずるという意味です。

世の中の格言やすばらしい至言は何か高潔で崇高な概念から生まれているように見えますが、そんなはずはないですよね。その言葉を生み出した人がそれに気づいたのは自分の中の汚いものがあったからこそ、その綺麗なことに気づけたと思います。なぜなら、汚いと言う概念は綺麗という概念があるからこそ成立するからです。なので、自分という中に汚いものがあるから綺麗なものがわかるし、暗いものがあるから明るいものがわかるのでしょう。つまり、自分の中に汚いもの、暗いものがあっていいわけです。それがないと世の中の綺麗なもの明るいものに気づけないでしょうから。

2018年1月6日土曜日

難しいからこそ何十年もかけてやる価値がある

将棋で29連勝を達成した藤井聡太四段。30連勝にならなかった時に藤井四段の師匠、杉本昌隆七段がこんなことを言っておられました。

「毎回いい将棋が指せて勝っていけたらこんな簡単な世界はない。難しいからこそ何十年もかけてやる価値がある」

これは負け惜しみでも弁解でもなんでもなく、物事の真理であると思います。そんなに毎回勝ってしまえるなら、それは長く続かずに途中でやめてしまうことになる。僕も日々の臨床で連戦連勝なんてことはありません。本当は治療の成功率を100%にしたいです。当院に来てくれた人は全員楽になってもらいたい。でもそれができなくてへこむ時があります。そんな時にこの言葉はまた次の治療に臨む時に力をくれる言葉です。