2017年7月29日土曜日

ただ話を聞いただけで楽になるのはなぜ?

友達の相談に乗っていて、自分ではただ話を聞いただけのつもりがその友達が楽になって、喜んでくれる。こんな経験って、誰にでもある気がします。それってなぜでしょう。理由を挙げると無数にありそうですが、僕が大きいなと思うのは対話を通じて、本人がその問題を「客観視」することができるからです。その中にも2つくらい客観視できる理由があるように思います。

1つ目です。相談する側の人が一人で頭の中で考えている時はその問題を客観視することが難しいため、その問題に巻き込まれてしまう。そこに相談を受ける側の人がその問題に関する質問をすることで、客観的な視点を与えることになり、その対話でその問題を客観視できて問題から少しずつ離れて楽になれる。2つ目です。その問題をこれまで誰にも話をしたことがなく、信頼出来る友達がただ聴いてくれるだけで気持ちが楽になる。すると心に余裕ができて、少しずつ冷静にその問題を客観視できるようになる。みんなそれぞれ問題を抱えていますが、客観視は大切だな。今日はこんなことを考えてみました。

2017年7月23日日曜日

良くなるスピードは患者さんが決める事

人にはそれぞれ自分のペースというものがあります。それは生き方も、病気や精神状態が良くなる事も同じように思います。精神科医としてそばで見せてもらっている自分としては少しでも早く良くなってもらいたいので、焦って次々と話を進めて行きたくなります。しかし当のご本人やご家族がそのスピードについていけないことはよく経験します。なのでいかにいい方法だとこちらが思っても、スピードを相手に必ず合わせ行かないと、逆に患者さんやご家族をしんどくさせてしまう。相手にスピードを合わせる。これが精神科の治療において重要なことであると感じています。

2017年7月14日金曜日

患者さんがよくなるための一部の責任を担う

僕は自分の仕事に対する責任ついてよく考えます。その中で思うことがあります。

僕にとって患者さんが楽になるために最善を尽くすことは仕事ですが、僕が患者さんを楽にするとか、患者さんが何かできるようにするなんて、全部本気で思うのは間違いだと思います。僕は患者さんがよくなるための一部の責任を負っているわけで、その人がよくなる全ての責任を負っているわけではありません。あくまでも主人公は患者さん自身であり、僕はほんの少し協力させてもらうという程度でしょう。ただ、その一部の責任に対して、僕は最善を尽くしたいと思います。

2017年7月8日土曜日

みんな自分の中に答えを持っている

すべての方に当てはまるとは言いませんが、多くの方は自分が今抱えている問題に対して、どうしたらいいのかの答えをうっすらと持っていると感じています。でもそこには何らかの事情があって、実行できない、あるいは避けてしまう。そんな時、その答えを他の人から指摘してもらって、どうしようもできないことにただ泣きたい時が人生にはあるのかなあなんて思います。そしてそれが実行できたりしたらもっといいし、あるいはできなくても違う道が見つけられたらいい。そんな人との出会いが人生にはある気がします。

2017年7月1日土曜日

話を通じてみんなとつながりたい

精神科医として技術を高めたいとか、診療うまくなりたいとかっていうのは本当のところ、自分は何を望んでいるのかなと突き詰めていくと、1つ目は自分のためです。これはまさに自他不二(自分を利することは他人を利することになり、他人を利することは自分を利することになる)です。患者さんのためと言いつつ、それは自分に返ってくることであり、自分のために勉強していると、それが患者さんのためになる。なので、僕は「患者さんのために」とあまり声高々に言うのは好きではありません。それだけ言うと、どうしても嘘くさく見えてしまう。そして2つ目は話を通してみんなと繋がりたいということ。僕は他の人のことをわかってあげたいし、僕自身も誰かにわかってもらいたい。人としての根本的な欲求、みんなと繋がりたいという気持ちからなのだと最近ふと気が付きました。すごく親しい友人と話をしていて、「そうやねん、そうやねん!」って心のそこから繋がった感じがした時の幸福感と言ったら、言葉では表現できないくらい嬉しいものです。これも結局は自分のため、自他不二ですね。そんなことを精神科臨床を通じて一生やっていきたいなと思います。