2016年10月29日土曜日

ブログを書きながら

最近、自分のブログの内容が人生の話になることが多いことを自覚しています。これは当然僕が人生を知っているとかそんな馬鹿げた話ではなく、人の悩みって、実はそんなに多様ではない気がするからです。つまり僕自身が悩んだりすることって他の人も悩んでるんじゃないかな。もっと大きく言うなら、人ってみんな同じなんじゃないかとも薄々感じています。人に対して優劣をつけているのは人です。その価値観を作ったのも人です。勝手に作り上げられたものです。「職業に貴賎なし」と言いますが、「人に貴賎なし」な気がします。このブログを書くことで僕は自分自身の整理になりますし、その過程を読んでいただくことで、読んでいただいてる方々にも自分なりの整理をしてもらえるんじゃないか。そんな妄想をしながら書いています。

2016年10月22日土曜日

がんばったことを忘れるくらいがちょうどいい

過去にがんばったこと、努力したことを自分の心に置いたり、人に話したり、あるいは言葉の端々に出したり。そんな人を見てきたし、今の自分もそうだなと思います。でもそれってどうなのかな。僕が見てきたすごい人たちはそんなのはおくびにも出さなかった気がします。たまに立ち止まって懐かしんだり、自分を鼓舞するために思い出すくらいならまだしも、しばしば過去の努力や栄光に浸るのは無意味と言えるかもしれません。がんばったことを忘れるくらいがちょうどいい。今はそんな気がします。

2016年10月15日土曜日

してあげたなんて考えは捨てる

あんなにしてあげたのに、あなたを育ててあげたのに、あの時助けてあげたのに。

人ってこんな感情を持つものですよね。ご多分にもれず僕もそんなことを思います。自分が診療することで(偶然や薬のおかげではなく)患者さんがよくなられたら、内心、「よかった」、「やったー!」と思います。それでそっけない感じで帰って行かれる人や、そのまま音沙汰なく来られなくなる人も当然ですがおられます。その時に、寂しい気持ちがどうしても自分の中に湧く。これはまさに僕の中に「してあげた」なんて自惚れがあるからです。それで思ったんです。僕は寂しい思いをしたくないので、「してあげた」なんて考えを心底から捨てよう。そして、たまに「ありがとう」なんて言ってくれる人に出会ったら、ラッキーくらいに思えばいい。そうすると、寂しい気持ちではなく、幸せな気持ちになれるんじゃないかな。今からそんなバカみたいな期待をしています。

2016年10月7日金曜日

やり抜く力

勇気付けてくれる本に出会いました。

題名は「やり抜く力」




著者は幼い時に父親から「いいか、お前は天才じゃないんだぞ」という言葉を言われ続けて育ったそうです。そんな著者が「マッカーサー賞」、別名「天才賞」を受賞しました。奇しくもその受賞の理由は人生で何を成し遂げられるかは生まれ持った才能よりもやり抜く力(情熱と粘り強さ)によって決まる可能性が高いというのを科学的に理論的に証明したものでした。それに至る過程とその理論が綴られています。

この本を読みながらいつものように自分に当てはめて考えてみました。僕は精神科医を生業にしているし、それは生きていくためではありますが、実のところ「精神療法がうまくなりたい」という気持ちの方が強いのかもしれません。振り返ってみると精神科医になってからずっと「精神療法がうまくなりたい」その一心だけで来ましたし、今もそれは続いています。ただ、日々の臨床で精神療法をしながら失敗をしたり、自分の無能さに押しつぶされそうになる時があります。そんな中、この本は僕に大きな勇気を与えてくれました。何かを成し遂げることと天賦の才能を持っていることはイコールではない。やり抜く力さえあれば、僕のような凡人でも精神療法がうまくなれる可能性があると思えたのです。

この本は簡単に言えば、「うさぎと亀の話」や「継続は力なり」というのを科学的に証明し、その理論を作り上げたものと説明できるかもしれません。この本がそれを語りかけてくれることで、僕に自信を持たせてくれました。

ただ、大切なのはやり抜く力はどんな内容でも発揮できるわけではないということです。この本の中にもありますが、それは自分にとってかけがえのないことに取り組んでこそ発揮されるものです。ということは自分が本当にしたいことを見つけることが、その後のやり抜く力を発揮できるのかどうかを決定づけるということ。自分が本当にしたいことを早々に見つけられれば幸運だけど、早々に見つかる人なんてほとんどいないでしょう。つまり本当にしたいことを見つけるまでにも「やり抜く力」は必要だということです。逆に自分が本当にしたい事さえ見つかれば、誰にでもやり抜く力は発揮できるという事です。大切なのはしたいことが見つかるまでの「やり抜く力」があるかだけだと僕は考えます。

スティーブ・ジョブスの「成功と失敗の一番の違いは途中で諦めるかどうか」、イチロー選手の「僕は天才ではありません」という言葉通り、世で天才と言われる人たちの中で自分の事を天才だという人を僕は知りません。その人たちは自分が本当にしたいことを見つけて、やり抜く力で努力を継続できたからそこにたどり着いた。そんな気がしてなりません。

2016年10月1日土曜日

人は他の人のことをわかった気になってしまう

人は他の人のことを自分だけの基準で判断してあれこれ評価します。言ってしまえば、言いたい放題です。でもそれは無理もない。人は自分の歴史は振り返えることができても、他の人の歴史は知らないから。これは人間であれば誰もが抱える習性みたいなものでしょう。なので、他の人のことを簡単に評価することは人として本当に気をつけないといけないことだと自戒したくなるわけです。