2016年9月25日日曜日

指示や説教の診療から離れていく

師匠から僕の診療について指導を受けていて、「先生はなぜこんなにも指示や説教が多いのかな」と言われて、自分の癖に気づきました。指示や説教なんてしたくないのにしている。それをなぜかと考えてみたんです。

僕は小児科医、精神科医という医師として患者さんから質問されて、それに答えたり、説得したりという動きを繰り返してきました。その習慣が体にこびりついて離れなくて、指示や説教が多くなっていました。確かに多くの医者はそうするし、患者さんにとっても一般的に医者といえば何か指示してくれたり教えてくれたりと思うものです。内科や外科などの身体的な科であれば、指示や説教が功を奏する場合も多いかもしれませんが、精神科では検査や診察結果は目に見えないものであることが多いため、指示や説教はあまり役に立たないことが多いのが僕の実感です。

もちろん指示や説教を全否定するつもりはありません。もし指示や説教をするのであればこちらがちゃんと意図してすること、あるいは指示や説教を望んでいる人、それくらい関係ができた人に対してすることが大切だと思います。無意識に自分の癖で指示や説教するのは違いますね。僕の直すべき課題であり、僕の診療の中でいつの日か指示や説教なんて必要なくなる日が来る、そんな気さえしています。

2016年9月17日土曜日

今まで自分がもらったものを届けたい

自分の仕事って何かな、自分って何しに生まれてきたのかな、最近の僕のブログはいつの間にかそんな話が中心になってきました。あるかどうかなんてわからないけど、「何が真実なのか」を知りたい。いつもそんな思いです。

その中で一つ気付いたことがありました。今の僕の仕事は今まで僕が誰かからもらった情(愛情や友情)、知恵、力を誰かに届けること。僕で言うならこの世に生まれさせてもらって、医者にしてもらって、院長にしてもらったんだから、患者さんを含めた周りの人に自分がこれまでもらったものを届ける。ただそれだけのシンプルなこと。そしてそれを繰り返していく。仕事や人が生まれてきた理由ってそういうものなんじゃないかと思ったんです。今日一日もそうやって生きたいと思います。

2016年9月10日土曜日

患者さんが教えてくれる

「あの時、先生が話をいったん受け止めてくれたからよかったんですよ」

最近、ある患者さんにこんな言葉を言われました。自分自身はただひたすらその時に頭で考えたことをしているにすぎません。しかしこの患者さんの言葉は自分の治療のこれまでの流れを詳細に解説してくれて、さらには僕自身が気付いていないことをその患者さんに教えてもらい、また勇気付けられた気がしました。この時あまりに感動して僕は二の句が継げませんでした。

逆にこのようなお褒めの言葉だけでなく、「あれは先生が悪かったです。あの先生の言葉で調子が悪くなりました」と言ってくれる方もおられました。この時も僕はハッとして、自分のその時の治療を思い出して何がまずかったのかが頭に浮かびました。本当にありがたいことです。

僕は日々自分の治療や醫院全体のことを振り返る作業をしていますが、それだけでは気づかないことがもちろんあります。それを目の前の患者さんがリアルに生で教えてくれる。こんなにありがたいことはありません。これまで同様の内容でブログを書いたことはありますが、改めて強く思ったので今日は書いてみました。

通院中の患者さんにお願いがあります。これからも宋こどものこころ醫院に忌憚のないご意見をお願いいたします。それをご自身とそのご家族に、そして明日の患者さんに還元していきますので。

2016年9月3日土曜日

臨床は常に一期一会

「毎日毎日同じ場所で同じ仕事をしていて飽きないですか?」と何度か言われたことがあります。医者の世界でも外来を毎日するのは退屈だと言う人もいます。僕は今の日々の精神科外来、精神科臨床を退屈だと思ったことはありません。っていうか退屈なんてありえないと思っています。

同じ患者さんであっても「臨床は常に一期一会」です。同じ人でも今回と次回とでは何かは必ず違います。そのときにすべきこと、お話しする内容は程度の差はあれ、毎回必ず違います。なので飽きるなんてことはあり得ません。飽きるのであればそれはこちら側の問題です。患者さんのわずかな状況の変化をキャッチできないで、仕事をするから飽きるのでしょう。うどん屋さんは毎日の天気や湿度で水の量を変える、お寿司屋さんはその日のネタの状態で下準備を変えるそうです。どんな仕事も同じではないでしょうか。日々の臨床での一期一会を大切にしたいと思います。