2016年5月28日土曜日

自分の畑だけを一生懸命耕せ

「あの人は〜な人だ」と、僕たちは日々知らないうちに、他人の評価をしていることがあると思います。それはメディアに出てくる人に対しても、身の回りの人たちに対しても、限られた情報の中で評価するわけです。なので評価はある意味しやすい。でも自分のこととなると、自分の事情については一番詳しいので情報量は多くなり、感情も合わさって、その評価はかなり複雑になります。場合によっては自分への甘さも相まって、曲解されることもあるかもしれません。つまり、自分のことは簡単に口にすることが困難になるわけです。

僕は幼いころから父に「他の人のことはいいから自分の畑だけを一生懸命耕せ」と言われて育ちました。この言葉にはこれまでも、そしてこれからも心の底からうなづけます。他の人の評価をしている暇があるなら、自分の目の前のことをすればいいのだと今も思います。

2016年5月21日土曜日

あの患者さんは今ごろどうしてるのかな

ふと「あの患者さんはどうしてるのかな」と思い出すことがあります。1度きりの方もいれば、何年にも渡って通っていただいた方もいます。ただ共通するのはある一時期をその病気や症状をどうしたらよくできるのかと一緒に考えた仲間とでもいいますか、(僕の妄想です)そんな気持ちになります。患者さんとの別れは合意のもとで終診というのもありますが、多くの場合はいつの間にか来られなくなります(これはあくまで僕の場合ですし、これがいいのか悪いのかはわかりません)。いつの間にか来られなくなる患者さんには3種類あります。1つ目はそれぞれの事情で来られなくなる方。2つ目は自分が治せなかった方、3つ目は病気や症状がよくなったり満足いただけているはずだと思えた方。

1つ目はそれぞれの人生にはもちろん事情があるのでこちらの力が及ばない範囲のものです。2つ目の自分が治せなかった患者さんは来られなくなった時点、いや患者さんが診察室から出られる時点でわかるので、これは完全に自分のせいだなと感じることができます。そして対策としてカルテをみて原因を探せますし、復習することができます。気になるのは3つ目の方です。ある程度、病気や症状がよくなったり満足いただけているはずだと思っていても、来られない方もおられます(これも僕の妄想ですが)。カルテをみても原因がわからないことが多いのです。あの患者さんは今ごろどうしてるのかな。僕も一人の人間としてさみしい反面、その方の病気や症状には僕はもう必要なくなったのだとうれしい部分もあります。いつまでも病院にかからないといけないというのは少なくとも幸せなことではありませんから。こんなことを土曜日の夜に一人考えています。

2016年5月15日日曜日

矛盾を感じながら

僕の好きな番組の中にNHKの「ドキュメント72時間」という番組があります。同じ場所で72時間カメラを回し続けて、そこに登場する人たちにその場所に来ることになった事情などをインタビューするというものです。その中でこんな話がありました。


場所は仙台の食堂。仙台には震災以降、復興景気で人が来られたそうです。津波を防ぐ防潮堤を作る建設業のある男性。仕事を求めて大阪から。その方は復興の仕事に就くことに後ろめたさがあったと言います。

建設業は何かが壊れないと、潤わない。でもそれが人の死や不幸の上に成り立っていることに引け目を感じる。そんな思いで現場に行って「復興の工事をさせてもらいます」と言うと、地元の人は「ありがとうな、助かるわ」と言ってくれる。それを言ってもらえると、今生きている人に対してちょっとは手助けできてるんだなと思えて、仕事へのやる気が出てくる。

この話を見たとき、僕の仕事も全く同じだなと思いました。以前にもブログで書きましたが、医療という仕事は人の不健康の上に初めて成り立つ仕事です。これは穿った見方ではなく、一つの事実だと思っています。でもこの建設現場の方の場合と同じように時に感謝してもらえることで、仕事へのやる気が出てくる。なんとも矛盾している話です。でもそんな矛盾を医療人は忘れてはいけない気がするんです。日本社会では医療というと人の役に立ついい仕事(そうでない仕事なんてあるのでしょうか)というイメージがあったり、医療人自身がそう思っていたりします。僕はそんなことはないと思います。不健康な人が来られて、その人を治して、喜んでもらうことでまた僕たちががんばれる。ただそんなことの繰り返しをしている。ただそれだけのことです。





2016年5月6日金曜日

ブログを通して伝えること

気がつけばブログを書き始めて3年が過ぎていました。いつも僕のブログを読んでいただいている方々に改めて御礼申し上げます。ありがとうございます。

ブログを書きながら、いつも僕が心がけているのは読んだあとの「後味」です。せっかく読んでくださっているのだから、ブログを読んでいる人の目を汚したくない、読んだ後にいい余韻が残る、後味のいいブログにしたいです。でも今の自分のブログで僕自身が満足できないでいます。

この3年間、文章を書くことをの難しさを感じ続けてきました。文章を書くということは何かの主張をすることになるので、必ず反対側の意見が言えてしまう。善があれば、悪があり、光があれば闇があるように、どんな言葉も2つの側面での解釈ができてしまうからです。それを意識しすぎて、書きにくいなと思ってきました。もうそういう考えは捨てたいと思っています。自分らしい考えを迷わず書きたい。そのためには自分の考えを熟成させる時間をもっと持つべきだという結論に達しました。

そこで自分の文章をもっと検証して、数は多くなくても、より後味のいい質の高い文章にしていきたいと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。

2016年5月2日月曜日

お客さんにフィットするように

先日、ある勉強会で東京に行ったときに、いつものようにアプリで調べて、おいしいと書いてあった会場近くのラーメン屋さんに入りました。そこは若い男性4人でされている元気のある小さなお店でした。お店に入った瞬間から耳障りのいい丁寧なあいさつ、座るとすぐにカバンをおけるカゴを持ってきてくれて、メニューの案内、そして目の前には黙々と1杯のラーメンに向き合う店主らしきこれまた僕と同世代くらいの男性。入った瞬間からこのお店の雰囲気、サービスが僕にフィットしているなと感じました。うまく表現できないのですが、そのお店にいることが心地いいんです。ラーメンはもちろん美味しかったですが、その前からすでに僕の評価はうなぎのぼりでした。僕は一人でラーメンが出てくるまで「心地いいなあ」と唸っていました。

僕も小さなお店をしている身ですので、このような体験はすごく貴重なものに感じます。多くのお店はお客の一人である僕にこんなにも深い印象を残してくれませんし、正直なところ学ぶことは反面教師なものがどうしても多くなります。

無論、すべてのお客さんにフィットさせることは困難であったとしても、できるだけ多くのお客さんにフィットさせていくことを目指したいと改めて感じた体験でした。