2015年6月27日土曜日

コントロールできないことは気にしない

アスリートの人たちのお話が興味深くて、よく本や新聞で参考にしています。アスリートの人たちはスポーツや競技で結果を出すという目標がはっきりしている上に、トレーニング、自己管理の方法について公開してくれます。

松井秀喜さんの「コントロールできないことは気にしない」という言葉があります。マスコミの報道が気にならないかという質問に、「気になりません。記者が書く内容は僕にはコントロールできないですから」と答えたそうです。これはきっと相手の投手やチームの状態、その日の天候など、自分でコントロールができないことにはエネルギーを使わないで、そのエネルギーをバッティングや体調管理などに使うということなのでしょう。人は自分を変えるより、他の人や環境に変わるように望んでしまう。つまり誰かのせいにしてしまう。これは僕自身がそう考えてきたから、余計にそう感じているのかもしれません。

僕には診察前までの患者さんの状態はコントロールできません。もしコントロールできるとすれば、ホームページ、ブログ、予約の電話での対応だけです。当然、松井秀喜さんの言葉通り、他の人の僕への評価はコントロールできません。

心理療法を行った際に、何が治療にとって有効だったのかという研究をしている人がいます。その中で偶然の出来事、患者さんの能力など治療外の要因とされるものが87%であるという報告があります(何をもって心理療法の効果なのかとするのが議論が分かれるところかなとは思いますが)。ただ、僕も自分の実感として、偶然の出来事でよくなられる方が多いのは同じです。あまりにこのことを考えすぎて、自分は何も役に立ってないなと、一人でへこんでいる時期もありました。でも今考えると、治療のすべてを自分が担っているのかと思わせるような、すごく傲岸不遜な考えですよね。そんなこと、あるはずないのに。

自分がコントロールできることに集中して、コントロールできないことは気にしない。大変勉強になるし、自分への癒しにもなる言葉ですね。

2015年6月24日水曜日

大学院生に感謝

僕は診察のときに、看護師や心理士についてもらうようにしています。ついていただく理由は物理的な安全という意味だけでなく、僕にとっても患者さんにとっても閉鎖的な空間を作らないことが多くの意味で安全であると考えるからです。

そしてもう一つの大きな理由が院内でケースカンファレンス(患者さんの治療方針についてディスカッションすること)をするときに実際の患者さんを見ているスタッフがいるので話がしやすいということです。僕は自分の治療がうまくいかない患者さんについて定期的に僕が尊敬している先生2人に指導を受けていますが、このケースカンファレンスもすごくいい頭のトレーニングになります。精神科医になったばかりの何も自分に技術がないときは当てずっぽうに話をして、自分の軸になるものがありませんでした。まさに暗中模索という状態です。それが今は勉強している3つの治療法を始めてからは、このケースカンファレンスの時間にいろんなアイデアが浮かんでくるようになりました。僕はケースカンファレンスのときの自分の発言は自分の実力を示していると考えています。

さらに今年4月から龍谷大学の大学院生が実習生として来てくれているので、一緒にみているケースについて毎週一緒にディスカッションします。すると、大学院生の指導のはずなのに、僕自身がすごく勉強になるんです(もちろん大学院生が優秀というのもあります)。今の僕にとってこの時間もすごく楽しみな時間になっています。大学からの要請でしているはずなのに、僕のほうが勉強させてもらって、龍谷大学、教授の東豊先生、そして大学院生にお礼を言いたいです。ありがとうございます。

2015年6月21日日曜日

ゾーン

先日のスイッチインタビューで、テニスの松岡修造さんがいわゆる「ゾーン」の話をされていました。すごく興味深いお話でした。

松岡さんいわく、「ゾーン」とは超集中状態で、時間がゆっくり流れて、何をしてもできて、落ち着いていて、焦らないで、来なさいと思える。短く言えば、あるがままでいればいい無我の境地だそうです。「ゾーン」に入ると何となくわかって、いい状態に入れるけど、そこで勝つことを意識したり、やってやろうと思うと、「ゾーン」がぽんと逃げてしまうそうです。なので、いかに「ゾーン」を自分がつかんでいられるかが大切であるとのこと。さらにすごいのが、テニスは相手がいる競技なので、そのゾーンを相手が持っている場合にはそれを崩しに行くなどの駆け引きがあるという話まででてきました。レベルが高すぎて感服しました。

最近、「ゾーン」という言葉はアスリートの人たちに対してよく使われていますが、これは何もアスリートだけではないと思います。何かにすごく集中することを繰り返して、試合のような集中する極限の状態を作れば誰にも起こり得ることだと思います。きっと精神科医や心理士の先生の中にもこの状態で治療をされている人がいるでしょう。治療でゾーンに入ることができれば、あらゆる治療が可能になるのではないかと想像します。なぜなら精神科医にとって診療は試合ですから。

「黙って座れば、ぴたりと当たる」の江戸時代の観相師、水野南北ではないですが、患者さんが目の前に座っただけで、その人の状態が把握できて、必要な治療ができる。そんな精神科医になりたいです。


2015年6月18日木曜日

自分の価値観を持たないと楽になる

システムズアプローチという治療法を勉強しています。その中で学んだ大きなことの一つは価値観を持たないという見方です。

初めてお会いした患者さんのことを瞬間的に嫌だなあと感じれば、その瞬間で治療はしにくくなります。その理由はたとえばこのようなものです。

1. 治療する側の自分の視野が狭くなる(つまり俯瞰できなくなる)
2. 患者さんの状態を客観的に見られなくなる
3. 患者さんのいいところが見えなくなる

一言で言えば、治療する側が冷静でなくなるということです。これは治療にとってすごく邪魔になります。話を聞きながらも、「この人のこの態度、いやだなあ」、「問題の犯人はこの人のお母さんだな」とか思っているようでは、治療に集中できない上に、どんどん自分の視野が狭まっていきます。逆に言えば、価値観を持たずにいれば、これらの3つすべてが逆転し、

1. 治療する側の視野が広くなる
2. その人の状態を客観的に見られるようになる
3. その人のいいところが見えるようになる

問題を解決することだけに集中できるわけです。

僕は価値観を持たないということは、患者さんのことを自分の善悪の評価では見ないことだと理解しています。これは治療する僕自身を助けてくれます。価値観を持たないことを意識するようになってから、正直、僕は楽になりました。それは治療だけではなく、完全ではないですが、日々の日常生活も楽になりました。虚心坦懐とはよく言ったものです。虚心でいることが自分自身の心を穏やかにして、生きやすくしてくれるということに今更ながら気付かされました。

2015年6月14日日曜日

どう対応していいかわからないから疲れる

精神科医以外の人とお会いして仕事の話になると「人の話を1日中聴いてると、疲れるでしょう」とこんなやさしい声をかけていただけることがあります。でも、僕としてはこのやさしいお言葉で、人の話を聴くということで自分は疲れているのだろうかという違和感がありました。

みなさんも、日常的に人の相談を受けるということがあると思います。相談を受けた後に、ぐっと疲れませんか?一生懸命に聴けば聴くほど疲れは大きい。これはなぜでしょうか?

今の現時点の僕の答えはこうです。それは人の話を聴くこと自体が疲れるのではなく、その相談内容に対してどう対応していいのかわからないから疲れるのです。人と楽しい話だけをしているときはほとんど疲れません。でも一般的に人は相談を受けると、それを解決策を考えて欲しいというメッセージだと受け取り、その解決策を一生懸命に考えます。そのときのエネルギー消費が大きいわけです。少し蛇足ですが、実際は相談している側は解決策を求めていない、ただ聴いてほしいのだという場合もあります。これは女性が男性に相談事をする場合によくテーマになる部分ですね。そこはしっかりとその人のニーズをこちらがキャッチしなくてはいけません。

相談を聴いて、その対応を考える場合、大きく分けて2つのパターンがあります。どうしたらいいのかがだいたい見える場合、全然何も思いつかず内心どうしていいのかわからない場合。当たり前ですね。答えが見えるか見えないかということです。前者の場合は相談されてもそれほど疲れません。でも後者の場合はすごく疲れます。つまり、話を聴くことが疲れるのではなく、自分がどうしていいのかわからないともがく時間が疲れを生むわけです。それでいくと、対応が浮かんで、それが相手に入れば、疲れない。そう考えると、僕は相談を受けることが生業ですので、自分が相談を聴いたときに、疲れないため、いわば楽をするために勉強する。やりがい、好奇心など少し無理をして(これも本当なので)挙げようとすればいくらでもありますが、僕が勉強する究極の理由はそれです。改めて、所詮自分はそんな程度なんだと我に返ります。かなり自分に正直な僕をお許しください(笑)

2015年6月10日水曜日

上司がいなくても大丈夫

開業して1年が過ぎた時のブログに、「僕には直接的な上司がいなくなった」と書きました。一般的に上司がいないということは僕のことを監督したり、注意したり、助言してくれる人がいないということです。このことをもう一度考え直してみました。確かに上司はいませんが、僕には患者さんがいたんです。患者さんは僕にとってはクライアント、顧客、お客さんです。その患者さんが何を感じているのかを考えていくことで、自ずと自分がすべきこと、その方向性を示してくれていることに気づきました。

つまり、患者さんのあらゆるリアクションは僕に示唆を与えてくれるわけです。どうすれば患者さんを治せるのか、どうすれば患者さんが喜んでくれるのか、どうすれば患者さんにとって心地いいのか、どうすれば患者さんに不満をもたせてしまうのか、不満をもたせてしまった場合にはどうすればそれを軽減できるのか。すべて患者さんのリアクションから僕が感じ取って、それを元に考えて、勉強していく。そうしていると自分が進むべき方向性までもが見えてくる。毎日そんな方々にお会いできるなんて、よく考えてみると幸せすぎますね(笑)。

上司や先輩、偉い指導者が必要なんじゃなくて、自分がクライアントである患者さんに向き合うことがもっとも重要であることに気づきました。

偉い先生方がよくこんなことを言われます。

「あの患者さんに出会ってから、自分の人生が変わった」

そんな先人たちのお話を思い出します。

2015年6月8日月曜日

初対面なのに笑顔で来てくださる患者さん

初診で初めてお会いしているはずなのに、いきなり笑顔で挨拶してくださる患者さんやご家族にお会いします。当初、内心では笑顔だから、やりやすいなと思う反面、何かあったのかなと不思議な気持ちでいました。それで後からいろいろお聞きして、ホームページやブログを丁寧に読んで来られていることを知りました。正直、初対面(初診)ということは何らかの問題を持たれて、来院されるわけですから、笑顔でお会いするのは難しいはずなんです。それなのに、笑顔できていただけるわけですから、僕たちとしては感謝としか言いようがありません。

僕は初めてお会いする患者さんとは、いつも心の中で「まずは仲良くなりたいな」と思っています。なぜなら、仲良くなれるかどうかで、その後に診療の流れ、治療の効果が変わってくるからです。この関係が築けないと、そのあとの診療は針のむしろ状態で苦しくなります。もちろん、途中で急に関係がよくなったり、治せたりして、大逆転というのもあります。ただ、これはそれほど多くはないし、しかも相当なエネルギーと技術を要します。患者さんと医者は基本的に病気を治すということで、目指しているゴールは同じはずです。そのためにはお互いが協力関係を持ちたいはずです。それがうまく築けないというのは、多くの場合は医療者側に問題があると考えます(もちろん、例外は否定できませんが)。

来院前に当院と直接患者さんやご家族が接する機会としてはホームページ、ブログ、そして予約の時の受付スタッフの電話での対応です。この3つの質を高めていくことが、患者さんやご家族がいかに楽な気持ちで受診できるのかの鍵になると考えています。初めて来られるときに、笑顔まではいかないまでも、少しでも楽な気持ちで来院していただけるよう、今後もスタッフ全員で精進していきたいと思います。

2015年6月3日水曜日

自分で感じたものしか信じない

今の世の中に生きていると、人は有名人の言葉や活字になったものを信じる傾向にあると思っています。それは情報やメディアが作り出したこの構造の中で生かされていると言えるかもしれません。それがあまりに度が過ぎると、芸能人の行くレストランがたちまち人気店になるなんてことが起こる。もちろん、その芸能人は料理に詳しいわけでもなく、食の専門家でもありません。あくまで一個人の趣向です。

作家の瀬戸内寂聴さんがインタビューの中でこんなことを述べられていました。

「私は戦争に負けた後で、人の言うことを鵜呑みにしたらダメだ、自分が経験して、手で触って、温かさも滑らかさも自分で感じたものしか信じないと誓いました。それが自分にとって、戦後の最も大きな革命でした」

以前にも書きましたが、僕は本を読んでこの人はすごいなという方にはできるだけ直接会いに行くようにしています。また、偉いとされている人、すごい肩書きを持っている人、いわゆるすごいスペックを持ってる人にもお会いします。でも、実際会ってみて、この人は本物だなと思えることは半分もありません(もちろん僕の本物を見抜く能力が低すぎるというのもあるでしょう笑)。「あれ、この人何か違うな」と思うことが多い。正直、その時は内心ショックです。それまでの自分の想像と現実の感覚が違うから。そこで僕が思ったのは肩書き、学歴、スペック、うわさは大事ではない。本当に大切なのは自分自身の感覚です。

逆に言うと、自分の感覚を磨いておかないと、周囲に翻弄されたり、人を見誤ったり、道を間違えるのだと思います。もちろんですが、こういう僕もたくさん間違います。すみません、なのでブログにこう書きながら、いつも自分に言い聞かせています(笑)。

自分で感じたことしか信じない。