2015年4月29日水曜日

無駄をなくす

財津和夫さんのコンサートに行ってきました。財津和夫さんといえば、チューリップですね。歌手デビューして45年だそうです。開業して1年そこらの僕にはその年数を続けてこられ、今も活躍されているというだけで、本当に尊敬します。

財津和夫さんのコンサートは予想どおり、平均年齢は僕よりもだいぶお兄さん、お姉さんの世代でした(笑)。始まって1時間が過ぎた頃に、財津さんが出て行かれるので、なぜかなと思うと、自動的に電気がついて、観客の皆さんも当たり前のようにどんどん出て行かれました。その後、「15分間の休憩に入ります」というアナウンス。なるほど、休憩なんですね。コンサートで休憩があるのは僕自身、初めてでした。

もちろん、僕は財津さんの歌、歌声が好きで、聴きに行ったのですが、その中でこんな話がありました。財津さんはコマーシャルソングをたくさん書かれたそうです。コマーシャルは基本、15秒で観ている人の気持ちを掴まないといけないため、一旦歌を作った後に、どんどん無駄を省いていく作業をするそうです。そうすると、これもいらない、あれもいらないとなり、本当に必要な部分だけを残すことになり、大変勉強になったそうです。

そのときに、自分の診察のことを思いました。長くとも10分という診察時間の中で、まだまだ無駄があるんじゃないか。もっとスマートで質の高い診察にすることができるはず。「今のこの質問、いる?」と自問自答するようになり、このコンサート以降、診察をしながら、自分の診察をつぶさに見ることを始めました。すばらしい歌だけでなく、いいお話をいただいた財津さんに感謝ですね。

2015年4月25日土曜日

患者が医者を育てる

今日もプロとして、こんなことを書いていいのかな、こんな精神科医っているのかなと思いながら綴ります。

これまでの僕は、なんらかの問題を抱えた患者さんにお会いしたときに持っている武器といえば、教科書の知識、医者という肩書き、患者さんの話を一生懸命に聞いて、その解決の方法を考える。こんなところでしょうか。これを全否定するつもりはありませんが、僕の中では自分がしていることが何かずっと嫌でした。これだけではいつも僕が思う、単なる町のおばちゃんに相談するのと変わらない。

数えてみると、僕は精神科医になって、まだ丸6年が過ぎたばかりです。未熟としか言いようのない年月ではありますが、精神科医になったばかりの時から、今も続けて僕のところに来てくださる患者さんがおられます。これまで僕はこれらの患者さんに対して内心、何の技術もないことを本当に申し訳なく思っていました(まさか診察中にそんなそぶりは出せませんし)。それが今になって改めて、通い続けてくださる患者さんたちを含め、出会ったすべての患者さんが僕を育ててくれたのだと心から感謝しています。なぜなら、それらの患者さんたちのおかげで、自分の無力さに気づき、自分がちゃんと使える治療技術を探そうと思えたからです。そして出会えたのが、今も勉強している行動療法、システムズ・アプローチ、ソリューション・フォーカス・アプローチです。もちろん、まだまだではありますが、最近になってようやくこれらが少しずつ自分の武器になってきていることを感じています。

「患者が医者を育てる」という言葉があります。恥ずかしながら、この言葉が今になってようやく身にしみます。これからも患者さんに育てていただきながら、少しでも治療ができる精神科医になりたいと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。

2015年4月23日木曜日

発達障害の子どもたちへの関わりの先にあるもの

できたことをほめましょう、具体的に示してあげましょう、視線を合わせて指示しましょう、前もって予定を説明しておきましょう。そしてそれをご家庭だけでなく、幼稚園や学校の先生にもお伝えして、実践してもらう。発達障害に関する本にはこのようなお手本があふれています。正しいことですし、診断されたあとに、まずはしておきたい。もちろん、僕もこのような接し方の説明は診療の中でよくします。

これらの関わり方を行う目的は発達障害の子たちがこれまでできなかったことができるようになり、周囲とうまくコミュニケーションを取れて、自信を持ってもらうためです。お薬を飲んでもらう目的も同様です。この目的に異論のある方はおられないと思います。

でも発達障害の子どもたちにとって、本当に大切なことはこの先にあると僕は思っています。多くの発達障害の子どもたちに対して、これらの関わりをいつまでも周囲はしてくれません。薬についても我が子にいつまでも薬を飲んで欲しいと望む親御さんはおられないでしょう。これらの関わりは薬を減量することと同様に、徐々に丁寧な関わりを減らして、その子が自分で気付けたり、自分でできることを増やしていかなければなりません。その未来へのビジョンをもって親御さんや周囲の人が今の関わりをしているかです。漫然と同じ関わりを続ければいいというわけではないということです。程度の違いはあれ、子どもを支える梯子を一つずつはずしていき、自分で這い上がって来れる子にしてあげることが本当の意味でその子のためになるのではないでしょうか。

2015年4月17日金曜日

相談者の気持ちになりすぎない

精神科医や心理士でなくとも、人からの相談を受けることがあると思います。僕が一番よく見聞きするのは、ある人があまりにしんどそうにしていたり、かわいそうに見えるために、友人や周囲の人が全身全霊で支えようとして、「いつでも連絡してね」と言っておきながら、自傷行為や自殺の話が出てくると、途中で投げ出してしまったり、連絡を拒否したり、支えようとした人自身がうつになってしまうパターンです。これって一番してはいけないことだと考えています。

先日の新聞に公益社団常人「日本駆け込み寺」の玄秀盛さんの話がありました。新宿歌舞伎町にある駆け込み寺といういろんな問題を抱えた人の相談を受けるところを運営されています。その玄さんのインタビューにこんなくだりがありました。

「自分自身に経験があるからといって、相談者と同化しすぎてはだめ。同じように辛い経験をしてきたうちのスタッフで1日数件の相談を受けると、重たいといって落ち込む人がいる。それは相談者と同じ気持ちになろうとしすぎるから。一緒に泥沼にはまってしまう。常に一歩引いて、その人にとり何が一番良いことかを考える。時には突き放すことも必要。そのバランスが大事です」

これは人の相談を受ける仕事をしている人だけでなく、人の相談を受ける可能性のあるすべての人に言えることだと思います。あと、心理士になりたいという人の中に自分も同じような辛い思いをしたから心理士になりたいという方によくお会いします。これはもちろん素晴らしい心意気ですが、自分が辛い経験したから、その辛い経験をしている人の気持ちがわかるというのは違います。相談を受けるときに一番大切なのは「自分はその人の悩みについては知らないのだ」という前提で話を聞くこと。本当につらいことはその当事者でない限りはわかりません。

精神科医の間では「家族や知人の治療はできない」と言われます。距離が近ければ近いほど客観的な判断が困難になるからです。人から相談を受けて、これは尋常ではないなと思った時には、完全な他人である専門家にお願いすることをお勧めします。

2015年4月14日火曜日

応援よろしくは余計な一言

今年の1月にイチロー選手がマーリンズに移籍した時に言った言葉が有名になりましたね。「これからも応援よろしくお願いします、と僕は絶対に言いません。応援していただけるような選手であるために、自分がやらなければいけないことを続けていく、ということをお約束します」

僕もこの言葉に感銘を受けた一人です。それでたまたま、最近になって3年前に発売された萩本欽一さんの本を読んでいたら、全く同じようなことが書いてあったんです。それはこんな内容でした。

最近、頑張りますから応援宜しくお願いしますというスポーツ選手が多い。でも頑張るのは当たり前。自分の生活もかかっているし、ファンの人へのサービスでもある。試合を見ている人は頑張ってる選手がいたら応援したくなります。素晴らしいプレイをすれば感動しますから「すごい!」って認めるでしょ。だからプレーする前に自分から応援を頼むのはおかしい。歌手も同じ。「今度CDが出ますから買ってください」なんて言うけど、聞いた人が「これはいい」と思えば買うんだから最初から買ってと言わないのが礼儀じゃないかな。

イチロー選手はこの本を読んでいたのかなと思いました(笑)。選挙前の政治家じゃないんだから、自分から「自分を応援してください」、「これを買って下さい」なんて言うのはおかしいですよね。萩本欽一さんの言葉はいつもあまりに本質をついていて、感動します。みんなから応援してもらえるように、ただ黙って黙々と努力していくことを自分の言い聞かせたいと思いました。


2015年4月12日日曜日

心理士は心理療法だけで勝負している

精神科医にとってお話を聴く、お話をするという精神療法は最も大切な武器です。その精神療法がうまくなりたいので、いろんな勉強会に参加していますが、いつも感じることがあります。それは精神療法(心理療法)の勉強会に行くと、精神科医がほとんどいないことです。まず前提として精神科医が主催する精神療法の学会、勉強会が少ない。となると必然的に心理士さんが主催されている勉強会が多いので、医者の割合が低いのは仕方がない。しかしそれにしても、それらの勉強会に行くと、医者はほぼゼロで、僕だけというときがほとんどです。薬の勉強会には医者しかいけないというのもあるかもしれませんが、薬については皆一生懸命勉強するのに、なぜか精神療法のことを一生懸命勉強しているという先生に出会うことは本当に少ない。その点、勉強会に参加されている心理士の先生方は本当に一生懸命に講演を聞いて、そこで悩んでいることを質問しています(もちろん、その勉強会に参加してる時点でやる気のある心理士だと思いますが)。

以前、ブログで書いたように薬で目の前の患者さんの症状をよくしようと考えるのは正直、楽です。だって、その薬で症状がどうなるかを見ればいいだけですから。でも話を細かくお聞きして、そこからどうしていくのかを考えることは大変にエネルギー、時間、技術が必要になります。無論、薬がとても大きな武器であることは間違いありませんが、それだけでなんとかしようと考える精神科医が多すぎる気がします。

精神科医は精神療法、薬物療法という2つの武器を持っています。でも心理士の先生方はいろんな心理療法があるにしても、薬は使えない。なので、自分の口ひとつで勝負するわけです。心理療法だけだから、勉強会でこんなに熱心なのかなとも思います。自戒の意味も込めて、精神科医はもっと精神療法を大切にして、もっと勉強しなくてはいけないと思っています(熱心に精神療法を勉強されている精神科医の先生方、すみません)。

2015年4月7日火曜日

ちょっと背伸びをさせる

新学期が始まりますね。子どもたちに関わる仕事をしていると、新学期や夏休みなどの長期の休みは大人になっても敏感になります。新学期が始まる時に僕がよく子どもたちにかける言葉があります。

「これから2年生になるけど、どんな2年生になりたい?」みたいに、新しい学年を意識してもらう質問をします。誕生日の後にも「10歳になったらお兄ちゃんだよね」とか。さらに、僕は診察の中でその年齢に合わせた接し方をするようにしています。「もう1年生だもんね」、「中学生なんだよねー」、「20歳って大人だよね」のように。子供達はお兄ちゃん扱い、お姉ちゃん扱いなど、その年齢に合わせた接し方をすることで、自分の年齢や立場を意識するようになります。子どものときには一つ一つ歳を重ねていくことで意識が変わった経験は多くの方にあるのではないでしょうか。

子供に幼い時のままの接し方をするということは、子供の成長を妨げているのだと僕は考えています。幼稚園の年長さんが4月1日になった途端成長するわけではありません。19歳の子が20歳の誕生日を迎えた途端、大人になるわけではありません。周囲の接し方がその人をちょっと背伸びさせるわけです。そのちょっとの背伸びが大事な気がします。子どもたちにもちょっとの背伸び、させてあげてくださいね。

2015年4月4日土曜日

こんなことをどこで話せばいいの?

僕の大好きな伊集院静さんの言葉に「人はそれぞれ事情を抱えて平然と生きている」という言葉があります。

人はみんな家族、友人、知人など、知っている人には話せないことがあると思います。家族には心配させたくないし、友人や知人には知られると恥ずかしいし、どうせ理解してくれない。そんな時にだれに話せばいいのかわからず、僕のところにたどり着いてくれる人がいます。そんな患者さんが泣きながら僕に言ってくれた言葉がありました。

「こんなことを先生にお話ししてもいいのかなと思うのですが、誰にも話せなくて、ここでお話できて私はすごく救われるんです。ありがとうございます」

このお言葉には僕のほうが頭が下がりました。僕は何も特別なことをしていません。ただただお話をお聴きするだけです。

このときに僕が気づかせていただいたのは、悩んでいることを誰にも話せなくて困ってる人が大勢おられるのだということです。人はある程度人生を生きてると、他人には話せないことが誰しも起こります。周囲から見れば大したことでないにしても、その当事者であるご本人にとっては深刻であることがたくさんあります。誰にも話せない悩みを話せる場所に宋こどものこころ醫院がなれたらいいなと思います。