2015年2月6日金曜日

人のことを批判するのが難しくなる

人の批判をするのが難しくなってきたなと日々感じています。自分の口から他の人への批判が出てきたときに「お前はどうなんだ」と自問するからです。

人は自分がよく知らない人の場合、一つの事象、行動、つまり一面を見てその人を判断します(もしよく知ってる人なら、その人のいろんな面を知っているために判断も細かくできますが、それでも難しいでしょう)。典型例が有名人への批判です。一度も会ったことがないのに、ニュースに出てきたその人のいいこと、悪いこと1つをとって、「あの人は素晴らしい、あの人はダメだ」と判断するわけです。人は他人に対してはいつも一定した状態、同じ意見や行動を求めますが、果たして自分はどうなのでしょうか?

すごく当たり前のことですが、人は場所や状況に合わせて変化します。当然、多面的なわけです。職場にいるとき、家にいるとき、友人といるとき、機嫌がいい時と悪い時、体調がいい時と悪い時。すべてにおいて同じ自分という人間なのに、行動や言動は違っている。もしこれがすべて同じという人はもう神様の領域か、よほどの変わり者というカテゴリーになって、実社会で生きていくには困難を伴うかもしれません。

一つの事象をとってその人を判断する。これは人の拡大解釈でしょう。

ある一人の人の一つの行動を善悪や規律で判断することは大切です。でも拡大解釈するとその人のことを見誤る。一人の人というのは周囲が判断を下せるほど単純ではないし、その当人自身も自分という複雑なものを判断することは困難でしょう。だから人には葛藤というのが生じると思うのです。年を重ねるごとに、人への批判が減っていく。そんな年の取り方をしたいなと思います。

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