2015年2月27日金曜日

ミスをするから上達する

僕は超小柄です。体が小さくて、運動ができない。小さい頃からそれがずっと僕のコンプレックスでした。高校の体育の授業でラグビーを先生から教えてもらい、こんなにもおもしろいスポーツがあるのだと知りました。そして是非やってみたいと大学に入り、ラグビー部に入りました。でも実際は自分の弱さから4ヶ月でやめてしまいました。それでも、ラグビーへの興味は消えず、観戦だけですが、毎年冬のラグビーの季節を楽しみにしています。今、ラグビー日本代表は史上最高の世界ランキング9位まで上がり、2019年にはラグビーのW杯の日本開催が控えています。

先日のプロフェッショナルはラグビー日本代表監督のエディー・ジョーンズさん。僕は嬉々とした番組を見ました。

ラグビーの練習であえて、すべりやすくて小さなアメフトのボールを使って、選手たちにミスをさせていました。「私たちは失敗から学ぶ。人生もそう。日本の練習で一番間違っているのはミスをしないように練習していること。ノーミス、ノーミスというが、ミスするから上達するんだ」

僕も日々の診療の中でミスをしないようにと気をつけるあまり、自分自身これでいいのかなと思うことがあります。もちろん、プロなので基本的にはミスをしてはいけませんし、ミスにもいろんな種類があります。ただ、ミスを恐れるあまり、成長していないなと思うことがあります。ミスをしながらも、それをリカバーするためにもがくからこそ、成長する。ミスを恐れすぎずに、診療に向き合いたいと思います。

2015年2月23日月曜日

荷物を置くカウンターを設置しました


これまで患者さんからの要望で多かった受付時に荷物を置くためのカウンターを設置しました。僕自身、お店やホテルを利用するときに少し荷物を置く場所があると、それだけでちょっとほっとする感覚がありました。

内装については大幅な変更が難しいところもありますが、できるだけ通院される患者さんが少しでも気持ちよくご利用いただけるように常に刷新していきたいと思っています。

今後とも、お褒めの言葉とともに、ご要望もいただきますようお願いいたします(笑)

2015年2月20日金曜日

地獄を見てこい

今年、京大から初のプロ野球選手となった田中英祐投手。田中投手は大企業へは就職せず、プロ野球に進みたいという意思をお父さんに伝えたとき、お父さんはその選択でいいのかという意思の確認をしたあとに、息子がプロで通用しない、挫折するだろうとは思いながらも「地獄を見てこい」と言ったそうです。

獅子の子落としですね。ライオンはあえて自分の子を谷から落として、その子の器量を試し、一人前に育てる。僕も含めて、今の日本に田中投手のお父さんのような言葉を自分の子供に言える親がどれだけいるでしょうか。

自分の子供がかわいいのはどこの親も同じです。本当は地獄なんて決して見て欲しくないし、苦労なんてしてほしくない。でも地獄も苦労もない人生なんてありえないことを親は知っている。だから自分の子供が地獄を見ているとき、その地獄が我が子を育ててくれるのだと信じて、傍で見ている親がどれだけやせ我慢ができるのか。そこが大切な気がします。

2015年2月18日水曜日

もっとシンプルな文章を

ブログを書きながら僕は自分の文章を内心、なんと蛇足の多い文章なのだろうと思っています。まず説明が多すぎる。伝えたいことを完全に絞り込めていない。

これに気づいたのは自分が論文を書いた時です。指導してくださる大学院の教授から「宋の文章は言いたいことを詰めこみすぎ。人はそんなにお前の論文に興味はないよ。みんな忙しい仕事のあとに疲れてる状態で読むんだから。コーラのようにすっと飲めるような文章にしないと」

多くのことを教授から学びましたが、この言葉は本当に勉強になりました。言うまでもなく、僕が最初に書いた論文の文章からは削ぎ落とされ続け、洗練された読みやすい文章に教授にしていただきました(笑)

人の心にすっと入っていける文章。難しいこともわかりやすくシンプルに。診療と同じですが、もっと言葉を大切にして、短な文章で読者のみなさんの琴線に触れられるような、そして読みながら想像力を掻き立てられるような文章を心がけていきたいです。


2015年2月13日金曜日

あなたの幸せを願う人は黙って見てくれている

声をあげる人は人の幸せを願わない人。幸せを願う人は黙って見てくれている。

前回に続いて、朝井リョウさんの言葉です(情報源は僕の大好きなテレビ番組、スイッチインタビューです)。

朝井リョウさんは自分への批判をこの言葉で自分を慰めていると話されていました。心からすごいなと思いました。朝井リョウさんの人の観察力、考えの深さ、頭の良さには感服します。

テレビやネットで声を大きくあげる人たちって、確かに人の幸せを願わない、批判中心の内容を口にしています。逆に人の幸せを願う人たちって、ひっそりと自分の心の中で思っていてくれている。そんなに前に出てきてまで大声で「素晴らしい」なんて言わない。言うとしても、そっと小さな声でぽつっとどこかで囁くくらい。

僕も仕事をしていて、賞賛の言葉も批判の言葉もそれほど日常的に聞くわけではありませんが、褒めていただける言葉って、そっと静かに言ってくれるし、批判の言葉って、やたらに派手に言われます。

なので、みなさんも誰かから批判されたとき、上の言葉を思い出してください。みなさんの幸せを願ってくれている人はそんなに声をあげたりはしません。ひっそりと心の中であなたの幸せを願いながら、黙って見てくれているはずです。

2015年2月11日水曜日

意識してでも謙虚になれる

意識して大切にしている謙虚さなど本当の謙虚さではない。

男性で史上最年少で直木賞を受賞した作家、朝井リョウさんの小説にある文章だそうです。心からなるほどなと思う言葉です。人は謙虚でなくてはならない。それが日本では美徳になっている気がします。確かに僕も自分が謙虚でありたいし、僕が見てきた一流の人たちはみんな謙虚に見えました。一人の人の本質を短く定義することは難しいでしょうが、無意識にやっていることがその人の本質なのでしょう。その無意識が出るタイミングはその人が窮地に追い込まれたとき、泥酔したときなど、自分の理性がコントロールできなくなったときかもしれません。

ただ、はじめは意識しているこの謙虚さもいずれは本当の謙虚さになれる気がするんです。はじめから謙虚な人なんてほとんどいないでしょう。謙虚さが大切であるという教育を受けたり、自分が謙虚でいることで周囲から肯定されたり、謙虚である人に出会ったり、自分の尊敬する人が謙虚である姿を見ると、それを強く意識するようになる。それがゆっくりゆっくり自分の中に染み込んで、無意識なときにも謙虚になれるとしたら、それも本当の謙虚さかもしれない。人は変われると思います。

2015年2月6日金曜日

人のことを批判するのが難しくなる

人の批判をするのが難しくなってきたなと日々感じています。自分の口から他の人への批判が出てきたときに「お前はどうなんだ」と自問するからです。

人は自分がよく知らない人の場合、一つの事象、行動、つまり一面を見てその人を判断します(もしよく知ってる人なら、その人のいろんな面を知っているために判断も細かくできますが、それでも難しいでしょう)。典型例が有名人への批判です。一度も会ったことがないのに、ニュースに出てきたその人のいいこと、悪いこと1つをとって、「あの人は素晴らしい、あの人はダメだ」と判断するわけです。人は他人に対してはいつも一定した状態、同じ意見や行動を求めますが、果たして自分はどうなのでしょうか?

すごく当たり前のことですが、人は場所や状況に合わせて変化します。当然、多面的なわけです。職場にいるとき、家にいるとき、友人といるとき、機嫌がいい時と悪い時、体調がいい時と悪い時。すべてにおいて同じ自分という人間なのに、行動や言動は違っている。もしこれがすべて同じという人はもう神様の領域か、よほどの変わり者というカテゴリーになって、実社会で生きていくには困難を伴うかもしれません。

一つの事象をとってその人を判断する。これは人の拡大解釈でしょう。

ある一人の人の一つの行動を善悪や規律で判断することは大切です。でも拡大解釈するとその人のことを見誤る。一人の人というのは周囲が判断を下せるほど単純ではないし、その当人自身も自分という複雑なものを判断することは困難でしょう。だから人には葛藤というのが生じると思うのです。年を重ねるごとに、人への批判が減っていく。そんな年の取り方をしたいなと思います。

2015年2月2日月曜日

心理検査に対する過大な期待

当院には発達障害かどうかを診て欲しいという方が多く来られます。そして発達障害が疑われる場合には基本的に心理検査も受けていただくことになります。

ただ、中に心理検査の結果に対しての親御さんの過大な期待を感じることが多くあります。中には心理検査だけを受けて、初診が終わると、それ以降の診察をさせていただけない方にお会いしたこともありました。

それはなぜなのかを僕なりにずっと考えていました。そして気づいたんです。それは精神科以外の科では病気の診断基準に検査結果が必ずと言っていいほど入っているため、医者は多くの場合、検査をしてその結果で診断します。患者さんにとってはそのイメージが強すぎて、診断=検査結果となっているわけです。

すごく基本的なことの確認ですが、発達障害は心理検査で診断するものではありません。自閉症スペクトラム障害やADHDの診断基準に心理検査の結果という項目はありません。僕が心理検査が診断に役に立つと思う点は5つあります。

①検査の結果や検査中の様子観察から発達障害を含めたその人の特徴を見つけられる場合がある
②それらの結果から患者さんや親御さんへの接し方のアドバイスがしやすくなる
③僕以外の人(心理士)の目で見てもらえることで独りよがりの診断にならなくて済む
④診察で僕が思っていた見立てとずれがないのかを確認できる
⑤診察ではわからなかった問題点を見つけられる場合がある

つまり心理検査は診断をより正確にし、患者さんにアドバイスをするためのものです。どの科でも医者は同じだと思いますが、診察が基本にあり、検査は診断が間違っていないかの確認のためにするわけです。検査だけするのなら、その人は医者ではなく、単に「検査オーダーをする人」ということになります。精神科にかかわらず、できる医者ほど、診察で聞きたいこと、診たいところはたくさんあります。なぜなら鑑別診断や治療法がたくさん頭に浮かぶからです。患者さんの検査への過大な期待や誤解を変えていくためには医者自身が診察をもっと大切にすべきだと思います。