2015年1月14日水曜日

日本に生かされている

今月の私の履歴書は王貞治さんですね。王さんのお父さんは中国の浙江省青田県という地方の山村で生まれ、川の対岸に渡るのにも橋がなく、医者にかかるにはいくつも山を越えなければならない寒村だったそうです。20歳を過ぎたころに先に来日していた親類縁者を頼って、出稼ぎで来日。東京の向島あたり、今の墨田区に浙江省の人が多いというので、王さんのお父さんもそこに落ち着いたそうです。最初は工場勤めでしたが、いつしか料理を覚えて中華料理店を開いて、休みの日や遅い時間でもお客さんが腹が減ったと言えば、注文を受けて料理を振舞ったそうです。その王さんのお父さんの言葉が

「日本に来て、日本に生かされている」

それでも、いつか故郷の中国に帰って暮らしたいと思っていたそうです。

この話を読んでいて、僕の祖父のことを思い出します。1940年代当時、日本の植民地だった韓国では地方では職がなく、祖父は18歳で兄を頼って来日。当時韓国人の多く暮らす大阪で暮らし始め、廃品回収をしたのちに、自分の工場を興しました。僕の祖父も来日してしばらくはいつか自分の国に帰って暮らしたいという気持ちがありました。僕の祖父の言葉で僕が覚えているのは「絶対に人と喧嘩はするな」。これは日本という外国で暮らしていく上で身についた処世術ではないかと思うのです。

僕は為政者でも、国際政治のジャーナリストでもありませんから、政治や国際関係についてどうこういう立場ではありませんが、在日韓国人の中には日本人を悪く言う人、逆に日本人の中には在日韓国人を悪く言う人がいます。でも少なくとも日本で生まれた韓国人である僕は、この国が僕を育ててくれたし、この国やこの国の人々の助けを受けて生きています。なので王さんのお父さんの「日本に生かされている」という言葉はすごく深遠なものに聞こえるのです。

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