2015年1月29日木曜日

悩みの入り口

人は一つのことで悩みだすと、ぐるぐるそれが頭に回って、もっと深くに入って行ってしまう。

僕は悩みが頭に浮かんだ時、その入り口が見える気がするんです。その入り口から入らずに済むように、あえて他のことをしてみる、他のことを考えてみる、外に出てみるなど、その入り口を意識することが時に気持ちを楽にしてくれることがあります。これがわかりやすいのが寝るとき。寝ようとしてるときに悩みが頭に浮かんできて、その悩みの入口から入るか、入らないか。もちろん、どうしても入ってしまうときもある。でも大きな悩みなのに、意外に入らないで済むこともある。

考えても結果が変わらない悩みって、結局は重い荷物を心にずっと持ってる感じ。もちろん、悩みを持って考える時間も大切ですが、それを適当なところで終わらせないと、病んでしまう。悩みの入り口を意識することで楽になれることがあります。みなさんも一度、悩みの入口を想像してみていただければうれしいです。

2015年1月25日日曜日

一言一句を無駄にしない

今日は最近勉強を始めたブリーフセラピーの勉強会で東京に行ってきました。僕もまだまだわかっていないので、何も言えないのですが、患者さんの中にある問題解決の方法を見つけ出すのをお手伝いする。そのお手伝いのためにこちら側が有効な質問をすることだと認識しています。

今日、ご講義いただいたのは東大の森俊夫先生でした。講義の中ですごい言葉がどんどん溢れていました。ブリーフセラピーの平均面接回数は1−2回(つまりそれで治ってしまう!)、なのでブリーフセラピーでは飯は食えない。患者さんの話を聞かないとわからないというのはうそ、患者さんをみればどんな人でどんな反応をするのかわかる、患者さんの話を聞くのは会う前に自分が立てた仮説が正しいのかを確かめるため。大切なのはそのためのトレーニングを普段からしているのかということ。

一番ハッとしたのは「面接の中での一言一句を無駄にしないこと。無駄な質問をしないこと。質問は患者さんを傷つけることがあるから、質問は少なければ少ないほどいい」。つまり言葉を大切にするということ。これってつい最近、自分がブログで書いたことと同じかもしれない。無駄に質問したり、無駄に説明するのは患者さんの状態がしっかりと把握できていなかったり、道筋が見えていない証拠。実はこれ、僕の師匠の山上敏子先生も同じようなことをおっしゃってたんです。「宋くん、その質問に意味があるの?なぜその質問をしたのかちゃんと説明できる?」って聞かれたことがありました。

そして僕の勉強している行動療法、システムズアプローチ、ブリーフセラピーにはすべて共通点があることに気づいたんです。それは患者さんの状態を具体的に詳細に聞くということ。患者さんの話を上っ面だけ聞いて、わかった気にならずに、詳細に聞いていくことで、治療の糸口が見えてくる。そしてそれぞれの第一人者の先生方が口を揃えておっしゃるのは一通りの技術を勉強したら、あとは実践して、自分にあった自分流の治療法を作り出すこと。この治療法だけというのはだめだと。それぞれの治療法の考え方はコンピューターのハードのようなイメージですね。

貴重なお話をいただき、ますます精神療法の勉強をしたい気持ちが湧いてきて、まだまだ治療がうまくなれるんじゃないかとうれしくなる1日でした。

2015年1月21日水曜日

楽をすることが幸せじゃない

NHKのドキュメント72時間という番組をご存知でしょうか?同じ場所で72時間、カメラを回し続けて、そこに来られる人々にインタビューし、それぞれの人の人生を映し出す番組です。

先日のドキュメント72時間は熊本にある日本一出産数の多い産婦人科病院でした。そこに登場した長年の不妊治療の末、出産した直後の女性にインタビューアーがこれからの子育ては大変じゃないですかと質問したところ、その女性は「楽をすることが幸せじゃないので大丈夫です」と言っておられました。

心のなかで唸りましたね。この言葉を言えるこの女性はただならぬ苦労と知性を持ち合わせた人なのだなと。

人は少しでも楽をしたいと思う。時に「楽をする=幸せ」と勘違いしてしまう。この女性の言葉はあまりに重く、ほんとに的確な表現です。また楽は苦の種、苦は楽の種と言う言葉があるように、苦労の末、楽の末にそれぞれ得られるものがあるんだろうなと改めて感じました。

2015年1月18日日曜日

言葉は最後の治療手段かもしれない

脚本家の倉本聰さんがテレビで「台詞で全部を表現したら、むなしくなっちゃう。話しているとお互いが何を考えているのかわかる。台詞は最後の最後に使うもの。もともと人間は言語がなかったんだから。それをベースにして僕はドラマを描く。台詞が役者の仕事だと思ってる役者は論外」とおっしゃっていました。

「台詞を使わずに表現する」

これは精神科治療にも言えることだと感じます。精神科医にとって言葉が大きな武器であることに疑いはありません。言葉一つで治療は劇的に変わります。しかし、言葉で伝えようとして、伝えられないことがあるし、言葉って人によって捉え方も違えば、聴く側が聞き逃すなんてことも往々にしてあります。

言葉ばかりに頼るのではなく、医者が患者さんのその時に思っていることを感じ取って、こちらの所作、表情、患者さんとの情緒の交流など、言葉以外のものを通して、治療をする。今の僕は患者さんにいろんなことを話したくて、説明したくて、一生懸命に言葉を並べてしまいます。もちろん、僕の今の治療レベルはまだ低いので、治療者としての成長の過程ではこれも必要でしょうが、いろんな言葉を並べているうちはまだまだだなと思っています。もっと言葉を大切に使う必要がある。

いつの日か、患者さんの話をお聴きし、僕の言葉は本当に厳選した必要な言葉だけにして治療ができればと思います。言葉は最後の治療手段なのかもしれません。

2015年1月14日水曜日

日本に生かされている

今月の私の履歴書は王貞治さんですね。王さんのお父さんは中国の浙江省青田県という地方の山村で生まれ、川の対岸に渡るのにも橋がなく、医者にかかるにはいくつも山を越えなければならない寒村だったそうです。20歳を過ぎたころに先に来日していた親類縁者を頼って、出稼ぎで来日。東京の向島あたり、今の墨田区に浙江省の人が多いというので、王さんのお父さんもそこに落ち着いたそうです。最初は工場勤めでしたが、いつしか料理を覚えて中華料理店を開いて、休みの日や遅い時間でもお客さんが腹が減ったと言えば、注文を受けて料理を振舞ったそうです。その王さんのお父さんの言葉が

「日本に来て、日本に生かされている」

それでも、いつか故郷の中国に帰って暮らしたいと思っていたそうです。

この話を読んでいて、僕の祖父のことを思い出します。1940年代当時、日本の植民地だった韓国では地方では職がなく、祖父は18歳で兄を頼って来日。当時韓国人の多く暮らす大阪で暮らし始め、廃品回収をしたのちに、自分の工場を興しました。僕の祖父も来日してしばらくはいつか自分の国に帰って暮らしたいという気持ちがありました。僕の祖父の言葉で僕が覚えているのは「絶対に人と喧嘩はするな」。これは日本という外国で暮らしていく上で身についた処世術ではないかと思うのです。

僕は為政者でも、国際政治のジャーナリストでもありませんから、政治や国際関係についてどうこういう立場ではありませんが、在日韓国人の中には日本人を悪く言う人、逆に日本人の中には在日韓国人を悪く言う人がいます。でも少なくとも日本で生まれた韓国人である僕は、この国が僕を育ててくれたし、この国やこの国の人々の助けを受けて生きています。なので王さんのお父さんの「日本に生かされている」という言葉はすごく深遠なものに聞こえるのです。

2015年1月10日土曜日

医者と患者の治療への意欲の波

医者になってまだほんの10年と少しですが、治療には医者と患者さんの治したいというお互いの気持ちの波がある気がしています。

患者さんは自分の症状が出はじめてそれが明確になったはじめのころ、「これをなんとかしたい」という気持ちが湧いてくる。医者もその患者さんに出会ってすぐのころに、この人だけはなんとかしたいという気持ちが湧いてくる患者さんがいます(世間一般の正論としては医者はみなさんに平等じゃないとおかしいと言えると思いますが)。仕事を離れてもなぜか頭にいつも浮かんでくる。それがいつかといえば、医者がその患者さんと出会って初期の頃です。なかでもそれは初診のときに多いと思います。

それでは患者さんと医者にとって早期でないときはどうするのか。それもまた波がある気がします。病気が再発して患者さんがはじめて真剣に病気に向き合おうと思うと、医者も再発した患者さんの病気に向き合う気持ちが見えて、「よしやってやるぞ」と思う。または、患者さんにとってはいろんな医者に会ってきて、治療期間も長く半分絶望しているけど、そのとき出会った医者が「この人は治せる」と治療への道筋が見えて、それを患者さんに伝えることで患者さんの治療意欲が湧いてくることもあるでしょう。所詮、治療へのモチベーションは医者と患者さんの相互作用に規定されています。

患者さんの治したいという気持ちと、医者の治したいという気持ち。そんなお互いの治療への意欲の波がその病気を治せるのかを決める。この二つが重なったとき、治療は奏功する確率が高まる。そんな気がするんです。

2015年1月8日木曜日

受付でお話をして帰る

当院では正直なところ、2回目以降の診察は時間を多く取ることができず、患者さんとしてはまだ話し足りないと感じられてると思います。

そんなとき、受付でお話をして帰られる患者さんがおられることに気づきました。これは大変光栄なことであり、ちょっと辛い部分でもあります。光栄なのは当院の受付スタッフが話しやすい雰囲気を出せているということ。一方でその話が長引きすぎると業務に支障になること。うれしいような辛いような。。。笑

僕自身が患者さんの立場でいろんな病院や診療所を受診したときに話しやすい雰囲気の受付さんだとすごくうれしかったことから、当院のスタッフにはできるだけ丁寧かつフレンドリーに、接していただくようにお願いしてはいます。ただ、これは僕が日常的にお願いしているわけではなく、幸運なことに、当院の受付スタッフの方自身が、自らお話を聴くようにしてくれている部分が大きいのです。手前味噌になりますが、そんなスタッフの姿を見ると、内心うれしくなります。

医療機関であれば質のいい医療を受けられること、レストランであればおいしいものを食べられることは基本です。それらの質のラインがある一定のところを越えた時に、お客さんがまた来てみたいと思えるのかどうかはスタッフの対応やサービスだと僕は考えています。これも僕自身がいろんなお店にお客として行った医療機関、レストラン、ホテル、お店でサービスを受けた経験から感じた事です。

僕自身や僕の家族が患者さんならその医療を受けたいのか、そこにまた来たいと思うのか。それが当院が目指している医療です。

2015年1月4日日曜日

多くの人に評価されるよりも誰に評価されるかが大切

僕も含めて、人は多くの人に認めてもらいたいという意識が根本にある気がします。その意識が仕事や社会で人に認めてもらえないと、自分ってだめなのかなと思わせてしまったり、友達や知人の多さを鼻にかける人が現れる原因になるのでしょう。でもよくよく考えてみると、出会う人々みんなに認めてもらいたいのではない。むしろ、この人に認めてもらわなくても大丈夫って人にも出会います。人に批判されたときがそうでしょう。「あなたのためを思って」と言いながら批判や叱責をしてくる人が、本当に自分のことを思ってくれてるかくらい、大人になればすぐにわかります(もちろん、いったんは耳を傾けてからの判断ですが)。

大切なことは多くの人に認めてもらうことではなく、少なくてもいいから誰に認めてもらうのかだと思います。それは自分が尊敬する人、友人、家族、好感を持っている人など、自分が敬愛できる人でしょう。

学校や職場、社会で人に認めてもらえなくて苦しんでいる方に出会います。そのときは自分が認めてほしい人は誰なのかを明確にして(もしかしたらその誰かは自分自身かもしれない)、今の目の前の事に精進すればいい。周囲のみんなに認めてもらおうともがく人を見ると、そこはがんばらないでいいですよと言ってあげたくなります。万人に好かれる必要はないという言葉がありますが、これは単なる自分への慰めや言い訳ではなく、本当のことだと思います。誰に自分が好かれたいのか、認められたいのかを明確にすれば、今やるべきことが見えて少し気持ちが楽になるのではないでしょうか。僕の小さな小さな提案です。

2015年1月2日金曜日

丈夫な子供に育てるために

丈夫な子供になってほしい。すべての親が子供に対して願うことでしょう。それは体が丈夫であることを意味することが多いですが、心も丈夫にしてあげたいと僕は思います。

先日のプロフェッショナルでガーデンデザイナーのポール・スミザーサンがこんなことを言われていました。

「ぎりぎりのもので頑張っている植物はよっぽど丈夫なんです。自分たちでどうにかしてくれるような植物を作りたかったら、ぎりぎりものだけ用意してあげたほうが最終的に丈夫なものになる。自分の力で植物は調整するから」

大人しか行かないような高級レストランで当たり前のように食事をしている子供を見ますが、僕はいつもかなり違和感を覚えます。この子が大人になって同じようにこんなところで食事ができるのかなあと。自分の力で生きていける心の丈夫な子を育てるために必要なのはその子の欲望をすべて満たさないことだと思っています。具体的にはいいもの食べさせない、いい服を着せない、いいところに旅行に連れて行かないこと(いいものを与え続けるサラブレッドの子育ては本当にリスクの大きな賭けに見えます)。子供の時からすべて満たされてしまうと、何かに耐える理由やがんばる理由がなくなってしまう(それでなくても今の日本で何かに満たされない子育てをするのは困難なことです)。もし大人になって子供の頃と同じ生活ができなくなったら、その落差を乗り越えるのは精神的にものすごく大変なことでしょう。

いつも言うことですが、僕も含めて、この今の子育てで、この子は一人で生きていけるのか。そこが子育てに迷ったときの大きな基準になると思っています。子供の時はどれだけ親が守れても、大人になって社会に出れば、親が守れない荒波はどうせ向こうからやって来ます。そのときにも自分で越えていける心の丈夫な子に育ててあげてください。