2014年11月30日日曜日

患者さんのお気遣いに支えられている

開業してまだ1年4か月ですが、当院の患者さんは少しずつ増えてきています。本当にありがたく思っています。

そんな中、多くの患者さんを診療することになり、患者さん一人当たりにさける時間が開業当初に比べて減ってきています。待合室で待っている人が多いのを患者さんがみて、遠慮して話したいことを減らしてくれていたり、前回の診察以降の様子をメモしてきてくれる親御さんもおられます。それを感じると、ありがたくもあり、内心申し訳なくなります。患者さんのお気遣いに支えられているんだなと。

なので、僕は外に出て、お店に入った時には店員さんに優しくしたいなと思います。お金を払うお客さんだから偉いというのではなく、店員さんとお客さんのお互いの気遣いがあれば、両者が気持ち良くその時間を過ごせる。当院としては患者さんのお気遣いをしっかり受け止め、そのお気遣いに対してお応えできるよう、スタッフ一同、日々丁寧な対応を忘れずにいたいと考えております。

2014年11月27日木曜日

仕事のストレスは仕事で解消する

アフターファイブを楽しもうとよく言われます。仕事はしんどいもの。だから仕事以外の時間でストレスを解消して、明日からのしんどい仕事をまたがんばろうと。

でも果たしてそうなのでしょうか。僕も社会人になって、まだほんの10数年ですが、仕事で受けたストレスをアフターファイブで解消できたという経験はありません。もちろん、旅行や遊び、趣味の時間は大切です。明日からの活力の一部にはなるでしょう。でもそれはあくまで一部です。いくらアフターファイブで楽しんできても、職場に戻れば、そのストレスの問題はそのままです。解決しているわけがありません。

最近、僕が思うのは仕事で受けたストレスを解消するためには、仕事が楽しい、うまくいった、結果が出せた、やりがいを感じるなど、根本的に仕事でしか解消できません。ただただ、毎日「またこれかあ、いやだなあ」では何も解決しません。

ではその仕事でのストレスを解消するためにはどうすればいいのか。そのストレスの原因を解決するために考え、向き合い、そして努力する。技術を上げる、仕事の中に楽しみを見つける、クライアントに喜んでもらう、自分の得意分野や強みを見つけるなど、方法は仕事によって様々でしょう。転職するのも一つの方法かもしれません。でも結局は仕事でのストレスにしっかり向き合わない限り、仕事への不平不満を言って、人生が終わってしまう気がします。

僕の尊敬する編集者の見城徹さんは「仕事が楽しければ、人生も愉しい」と言っています。単純に仕事の時間8時間、寝る時間8時間、自由な時間8時間とすれば、仕事が楽しくない場合には人生の半分はしんどいだけの時間を過ごして、終業時間が終わるまで耐えて待つということになります。そんな人生にならないために、仕事のストレスを仕事で解消できる方法を見つけられたら幸せではないでしょうか。

2014年11月22日土曜日

いい人に出会うこと

俳優の高倉健さんは出演した映画の封切が近づくと、一緒に仕事をした共演者やスタッフとの別れがさびしくなり、機嫌が悪くなったそうです。人への気遣いとやさしさにあふれる人。実際に高倉さんと仕事をした人たちが口をそろえる言葉でした。

そんな高倉さんにある若者が「どうしたらあなたのような人になれますか?」と質問したところ、「いい人に出会うこと。人に優しくなるためにはきつい風にばかりに吹かれていてはなれない。いい風が吹きそうな場所に意識して、自分の体、そして心を持っていかなくてはならない」

深い。。。

人に優しくしてもらったり、大切にしてもらう経験をせずに人に優しくなることはかなり想像にしくい。なのでもちろんいい人に出会うことが大切。しかしそれだけではなく、自分からいい人に出会える場所を意識しながら探して、自らの身や心をそこにおくための努力をすることが大切である。そんな意味だろうと解釈しました。

人の出会いは人生を変えます。いい出会いをするために、いい風が吹きそうなところを探していきたいと思います。そのためにはいろんな場所に行き、失敗もしながら、その探し方を探ることも大切なのかもしれません。そうしているうちに、自分の感覚が研ぎ澄まされて、探すことが上手になれたらいいなと考えています。

2014年11月20日木曜日

自分の中にある違和感を大切にする

日々の診療の中で、自分が患者さんに言っていることに自信を持っているときは実はそれほど多くありません。内心、「それほんと?」、「うそじゃないの?」というような自分の中での違和感があるときがあります。もしかしたら、それよりもいい言葉、見立て、治療法があるのではないかと思います。

今、自分がしている治療に対して違和感をもったり、懐疑的であることは僕にとってはすごく大切なことです。なぜなら、その悩みを自分の中でいつも貯めていると、勉強しているときに、「あっ、あのときの悩みはこれで解消される!」と思えるときが来るからです。僕の場合、これを思えたのが、山上先生の行動療法、東豊先生のシステムズアプローチに出会ったときでした。治療することを最終目標として、人の話を聴くというのは実はそんなに簡単なことではありません。僕は大学を卒業して、小児科医になったとき、最初にまず自分が何を聞くべきなのかをわかりませんでした。精神科医にかわったときも、それまでの医者としての経験と教科書に書いてあることから、とりあえず通り一遍のことを聞いていました。でも、それをしていて、自分としてすごく違和感がありました。「その情報、ほんとに必要?」と心の中で思っていました。正直言えば、今もそれはまだあります。

この二人の先生の共通点は診察の中でなんとなく質問したり、声掛けをするのではなく、その時の言葉や態度にすべて理由があります。つまり、ちゃんと最終的な目標があって、質問している。

医者の実力は患者さんに対して、何を問診するかでわかります。ちゃんと勉強している医者はその質問をするのにはその理由があります。勉強していないと、なんとなく情報を集めて、なんとなく治療します。それに対する違和感をためて、勉強をしていけば、質問が適格になり、患者さんの状態像を正確に把握でき、治療の質は上がります。

これはどの仕事でも同じだと思います。日々仕事をする中で、面倒になって流してしまいがちな違和感を自分の中でいかに貯めておけるのか。そしてそれと向き合う時間をちゃんと持てるのか。それが現状を打開したり、成長したりするためには不可欠なことなのでしょう。すぐになまけてしまう自分に対して、言っておきたいなと思い、今日は書きました。

2014年11月18日火曜日

人生で辛い時の人に関われるということ

辛い時に、音楽を聴く、芸術を見る、映画を見る、本を読む、人に会う、旅をする、おいしいものを食べる、自然を見る。いろんな対処法があると思います。

これらの対処法を職業としてみていくと、音楽は音楽家や歌手、芸術は創作家や芸術家、映画は監督や俳優、本は作家、人は家族や友達や精神科医?(笑)、旅は旅行社で働く人、おいしいものは料理人、自然は自然を保護したり維持するために働く人。

ここに収まらない仕事も含めて、辛い時を迎えている人の力になれる仕事をしている人たちは、それぞれ同じくらい価値のある素晴らしい仕事をしていると思っています(仕事は自己肯定の一つの手段ですよね)。

人生を生きていて、辛い時を迎えない人はいません。誰しも辛い時を迎えます。その時に誰が、何が自分を助けてくれるのか。僕も誰かや何かに助けてもらってきましたし、これからも助けてもらうことになります。それなら、僕も誰かの役に立ちたい。それが自分の肯定や幸せにつながるから。
精神科医をしていると、「疲れませんか?」とよく言われます。確かにすごくすごく疲れます。でも自分も誰かに何かに助けてもらっているので、辛い人の役に立てることは生きる上ですごく有意義ですし、それを生業にできている幸せを思います。

もっと言うならば、辛い人の役に立たない人はこの世にはいない。誰でもよく考えてみると、誰かの役には立っている。そんなことを思えば、自分自身も幸せを感じることができるのではないでしょうか。

2014年11月14日金曜日

初めてお会いする患者さんをいい人だと本気で思う

僕は最近気づいたことがありました。「この患者さん、話しやすいな、やさしい人だな、がんばってるな」と僕が思えた人は状態がよくなる可能性が高い。逆に、それを思えない患者さんはなかなかよくならない。ざっくりいうと、僕が「この人、いい人だな」と思えた人はよくなりやすい。これって、どういうことなのかと考えました。それは好印象をもてると、その人に共感しやすくなり、ほめたくなり、苦労をねぎらいたくなり、やさしくなれる。そうすると、患者さんも僕のことを肯定的にみてくれる。この循環が治療自体をしやすくし、状態がよくなりやすい。なんか単なる僕のわがままみたいに聞こえますね?(笑)でもこれは一応、ちゃんと理屈があるんです。

実はこれ、僕が今勉強しているシステムズアプローチという心理療法のP(Positive)循環という考え方です。P循環とは愛、喜び、感謝、信頼などの肯定的な考え方が自分の中に多ければ、自分と相手との間で肯定的な循環が生まれるということです。それを自分の治療でどうなっているのかを想像した時に、あらためて自分の治療経験から腑に落ちて、理解できたことでした。今、僕は実はこのシステムズアプローチの第一人者の東豊先生を勝手に師匠と仰いでおります(笑)

それに気づいて、最近意識しだしたことがあります。それは「初めてお会いする患者さんのことをいい人だな」と本気で思うことです。具体的にはその人のいいところ、ほめたいところ、その人なりにがんばっているところを徹底的に探します。そして、そのような肯定的なその人へのイメージを伝えていく。そうすると、患者さんの緊張が和らぎ、話をしてくれるし、僕の言葉も理解しようと努力してくれるし、治療もしやすくなる。大切なのはいい人だと僕が本気で思えているかです(100%は無理にしても)。それが無理をしていい人だと思おうとすると、すぐにばれます。でも不思議なことに、このP循環を意識すると、そんなに努力しなくても、その人のいいところが見えてきて、やさしくしたくなっちゃうんです。

これは普段の僕たちの生活の中でも使える概念なんです。自分が好印象を持った人は多くの場合、相手も好印象をもってくれます。それはこちらの言葉、態度にその人へ好印象が出るからです。初めて出会う人のいいところを見つけるという姿勢をもてば、かなりの確率でその人と仲良くなれます。僕は仕事でたくさんの新しい方にお会いします。この考え方を持つようになって、かなり治療がしやすく、自分としても気持ちが楽になっていることに気付きました。自分が本気で好印象を持てているかは当然自分でわかりますし、何より、初診が終わる時の患者さんの表情や態度で、その日の診察がうまくいったかはわかります。

精神科では「初診を制する者が治療を制する」という言葉があります。この言葉通り、初診のときに僕自身がいかにその患者さんやご家族をいい人だなと思えるか、それがその後の治療がうまくいくのかの鍵になる事に気付きました。

2014年11月11日火曜日

自分の言葉で伝える

先日の新聞でこんな記事を見ました。

プロ野球選手が試合のあとのヒーローインタビューで、「ファンのみなさんのおかげで打てました」という言葉を使う人が多い。最近はみんなが横並びで同じ言葉ばかりいうので、空々しく聞こえてくる。でもある選手が「確かにファンの方の応援には頼る部分がある。でも打席に立って打つのは僕ですから」と。

なるほどなと思いました。もちろん本心でしょうが、「ファンのみなさんのおかげ」という言葉は耳障りがいいし、とりあえず無難。

人に何か気持ちや考えを伝えたいとき、どうしても今まで聴いてきた言葉の中から選んで思いつくものを使ってしまう。それはよくあることでしょう。でも本当に人に自分の気持ちを伝えたいなら、自分の言葉で、自分なりの表現をしていくことが大切だと考えています。そのためには日ごろから本や人の話を通して、それについて考える、日々起こる物事について考える、さらにはその考えを発酵させなければなりません。

大きな業績を残した人たちの言葉をみんな、「すごい、さすがだ」という。それはその人の業績もすごいけど、その言葉のすごさや重みは業績のせいではなくて、その人が一人で思い悩んで、もがいてきた結果、到達した言葉です。その苦労や経過があって、自分なりに考えを発酵させてきたからずっしりと重く、人の琴線に触れるわけです。

イチロー選手がこんなことを言ってました。
偉人の言葉を引用する年配の方がいるがあれはダサいと思う。拙い表現でも将来自分の言葉で伝えられたらなと思う

僕もそんな人になりたいなと思います。

2014年11月9日日曜日

子どもの話を聴くということ

親として、いつも子どもの心を受け止めてあげたいという思いから、子どもの話をずっと聴こうと頑張られる親御さんに出会います。お話を聴いてると、聞きすぎなくらい聞いてるのに、「今まで話をちゃんと聞いてあげなかったから」、この子は不登校になった、元気がない、暴言や暴力があるんだ。ストレスがあるのだから、それを吐き出させないといけないなどなど。

この発想は普通に考えると正しいように思えます。大人の感覚として、自分自身が社会でストレスを受けた時に、ほかの人に話すことで楽になったという経験があるからでしょう。それが我が子だと、ストレスを取り除いてあげたい、ストレスにさらされてかわいそうだから。十分に理解できる思考の流れです。

それではなぜ子どもの話を聴き続けているのに、その子の状態がよくならないのか。僕はそのお子さんは話を聴いてもらいすぎて、何かあるとお母さんが全部聴いてくれるという流れができている。すると、自分で解決しようとしたり、我慢してみようという力が育たない。なので、何かあると常に家で大騒ぎになるわけです。自分のなかで、ストレスを処理させるという練習はやはり必要です。大人になって、人に話を聴いてもらって楽になるというのは、ある程度まで自分で悩んで解決しようとして、それでもだめだから人に話を聴いてもらうわけです。自分でストレスを処理しようとする力が大切なわけです。何でも人に相談していたら、たちまち周りから人はいなくなってしまうでしょう。

もちろん、ケースバイケースですが、こんなに話を聴いてるのになぜよくならないのかと疑問になったときは、話を聴き足りてないのではなくて、聴きすぎているのかもしれないということも考えてみてはいかがでしょうか。

2014年11月3日月曜日

新聞を読みたい

いつからでしょうか。20代のある日から新聞を読むことの楽しみを思うようになりました。世界中のニュースだけでなく、ほっと心温まる話、自分では想像もできないものの見方。毎朝新しい1冊の本が家に届く感覚です。

先日の天声人語に日本新聞協会の最優秀賞になった「おばあさんの新聞」の話がありました。

元島根県出雲市長の岩国哲人さん(78)の思い出。早くに父が亡くなり、家には新聞を購読する余裕がなくなった。でも好きな新聞を読み続けたい。少年は新聞配達を志願。配った先の家を後で訪問して読ませてもらおうと考えた。小学校5年の時から毎朝40軒に配った。読み終えた新聞を見せてくれるおじいさんがいた。その死後も、残されたおばあさんが読ませてくれた。中3のとき、彼女もなくなり、葬儀に出て実は彼女も字が読めなかったと知る。「てっちゃん」が毎日来るのがうれしくてとり続けていたいたのだ、と。涙が止まらなくなった。

心が温まりました。新聞を読みたいという純粋な心におじいさんとおばあさんは心を打たれたのかもしれません。何かを心の底から本当に望んでいる人がいたら、それを応援したくなるのが人情。こんな経験をたくさんしながら生きて死んで行けたら幸せだなと思いました。