2014年7月31日木曜日

プロスポーツ選手の多くはうつ状態

昨日の新聞に「プロのスポーツ選手はある程度のうつ状態にある人が大多数」とありました。

ファンのやじ、中傷、メディアの評価が突き刺さり、心がえぐられる。言葉の暴力にさらされるため公の場に出なくなる。常に仕事ぶりが衆人に環視され、あれこれと語られ、プレーの採点が新聞、雑誌に掲載されて、評価が世に広く伝えられる。そこまで身が丸裸にされている職業はほかにない。

たしかに。。。

華やかな世界にいるように見える分、影の部分がものすごく深く大きなものなのだと感じました。うつ状態にならないほうがおかしいと感じるくらい。技術の面でのしのぎを削る、レギュラーになることすら至難の業なのに、公なストレスまであり、本当に大変な職業なのだろうと思います。僕がそんな職業なら、頭がおかしくなってしまいそうです。。。そこで戦っているスポーツ選手の方を尊敬します。

僕の場合、メディアには評価されませんが、患者さんやご家族がしてくれます。信頼や信用を積み重ねない限り、患者さんは来てくれない。僕に治す実力がなければ、患者さんは離れていくだけです。すごくわかりやすい。

楽な仕事なんてどこにもありませんが、プロスポーツ選手と自分の仕事を比較してみて、自分の仕事をもっとシビアに見ていくことも大切だと思いました。

2014年7月28日月曜日

ブログを読んでいただいてる皆様へ

いつも僕の稚拙な文章を読んでいただき、本当にありがとうございます。僕のブログはコメントを書けない状態にしておりますので、皆様の反応を僕は感じることができません。ただビューの数を見ること、直接お会いした方に感想をいただくのみです。直接お会いして、お褒めを言葉をいただくことは僕にとって本当に力になり、ありがたい限りです。

ところで、僕がブログを書く理由はいくつかあります。

1つ目に自分の考えを文章にしてまとめていきたい、考えを整理しておきたい

2つ目に読んでいただける方に元気になってもらい、それで僕も一緒に元気になりたい

3つ目に当院を受診していただく前に読んでいただければ、僕がどんな思いで診療しているのかをご理解いただいた方に受診してもらえるのではないかという期待

つまり、そんな崇高で高邁な精神はなく、所詮、僕自身のためです(笑)。もっと言うなら、僕自身があまりにたいしたことがない人間なので、きれいな言葉を並べる方々は好きではありません。それ、ほんとに心から思ってるの?と言いたくなります(笑)

閑話休題。

特に3つ目の部分なのですが、たくさんの人に読んでほしいという願いは当然あります。ただ、僕は正直なところ、わかる方だけにわかってもらえれば、それでいいと感じています。日々の診療の中で、僕の手に余る姿勢で受診に来られる方がおられます。いわゆる「丸投げ」の姿勢の方です。そうなると、僕は当然継続的な診療を希望されるなら、一緒に努力していただくことをお願いするしかありません。それに同意いただけない場合には他院への受診をお勧めします。

ブログを読んでいただく方への想いとブログについての僕の考えを今日は書きました。

お暇なときに思い出して、読んでいただければうれしいです。今後ともよろしくお願いいたします。

2014年7月24日木曜日

本人に聞いているのに、答える親御さん

診察の中で子どもさんに質問しているのに、それに答えてしまう親御さんに本当にたくさんお会いします(僕は子どもさん本人を直視して聞いています(笑))。

なぜそうなるのか。僕なりに考えてみました。

その時の体裁を整えたい、ちゃんと正確に伝えとかないといけない、子どもはわかってないから、などいろいろ推測はできます。おそらく、これは診察場面だけではなく、外で他人の大人に会った時には同じ行動をされていると推測できます。

ただ、これをしていくと、どうなるのでしょうか。大人に対して話のできない子、さらには一人では話をできない人になってしまいます。そんな大人にもよくお会いする気がします。あいさつのできない大人、人と話のできない大人。。。

診察は人と対話する一つのチャンスです。その時に話を本人にさせることは治療の一貫と考えています。たとえ発達障害の患者さんであっても、できるだけ本人と話をすることを僕は心掛けています。

一方で、診察の時に本人が話そうとするのを待たれる親御さんにも出会います。その時、内心ほっとするというのが本音です。その子供が自分でなんとかしようとするのを待つ姿勢がある親御さんなのだと考えるわけです。

診察の中で、本人が間違ったことを話しても、それも診察の一貫ですし、あとで親御さんに事実関係を確認します。つまり、本人なりに考えて、ものを言うという動作を見せてもらうわけです。

そして最終的に、一人で生きることのできる大人になってもらうこと。これが当院の目標です。

2014年7月21日月曜日

力を入れずに治療ができたら

先日の新聞に落語家として3人目の人間国宝に柳家子三治さんがなられたことが書かれていました。

面白いことを、ことさら面白くするにはどうしたらいいかという質問に「面白そうにやらないことですよ」と。今のお笑い番組の笑いを強要するような風潮とは対極だそうです。全力で笑ってもらおうと必死になる。それはお笑いを生業にする人にとってすごく大切なことだと思います。僕も患者さんに少しでもよくなってもらおうとわかりやすく必死になる。それは今は大切なことであると信じています。でもいつまでもそれをするのは違う気がします。合気道の師範が格闘家に勝てるように。力で何とかしようとしているうちは本物じゃない。

力を入れずに、ゆったりと構えて患者さんの本質にだけにさらっと触れて、治療ができるようになることが僕の目標です。

2014年7月19日土曜日

自分のせいで子どもたちにさびしい思いをさせたと思う方へ

自分が病気をして入院する、単身赴任で一緒にいられない、夫婦の問題で離婚するなど、人は生きていく中で、自分の力ではどうしようもないことで、自分の子どもにさびしい思いをさせることがあります。

そんなときの親である自分はどんな気持ちになりますか?子どものことを思うたびに申し訳ない気持ちが湧いてきて、顔を見ると好きなものを買ってあげて、どこか喜ぶところに連れて行ってあげたくなる。自分が子どもたちに言った言葉、してしまった行動について深く後悔もするでしょう。
子どもたちに対する懺悔です。

当然ですが、親も人間です。子どもたちに申し訳ない気持ちになって、自分自身が嫌になる。それでうつ病になってしまう方にもお会いします。確かに懺悔することは大切です。でもそれを続けたところで子どもも自分も楽になれるわけではない。

その時、僕は治療者として、どんな言葉が適切かはわかりませんが、子どもたちにとってさびしい思いをしたというこの苦労もいつの日か何らかの形で生きる糧にしてもらえたらと思います。人生に起こることは誰かのせいにできることもあれば、誰かのせいにできないこともある。たとえそれが誰かのせいであったとしても、その人のことをある一定期間は憎んでもいいけど、それ以降はそれをやめる練習をしていく。そんな風に考えることも一つなのではないかと思うのです。

何もわからない僕ながら、一つの考えを示してみました。


2014年7月15日火曜日

認知行動療法をしてください

「認知行動療法をしてください」、「パキシルを出してください」、「葛根湯を出してください」

初診の患者さんから言われる言葉です。この3つの共通点は何でしょうか?つまりは治療法をご自分で指定してこられる方。簡単に言えば、診断も治療もすでにご自身やご家族でネットや本でお済みになられてる方です。

お家を立てるときに、家の建物としての安全性が脅かされるのに、ここには釘を打たないでとか、水回りは絶対ここでみたいなことを望む人はどれくらいいるでしょうか?

患者さんが言われる治療法で効果が出る場合も確かにあると思います。でも僕の経験の中では治療法を指定される方で、よくなられる方はほとんどいませんでした(まあ、実際には診断や状態がその患者さんの思っているものと違うため、その治療自体をお断することも多いですが)。

ここで大切なのは柔軟な思考を持たれているかだと思います。どんな病気についてもそうですが、あまりに頑なな方は治りにくい。素直に治療に臨まれる方は治りやすい。

この時に僕たちができることは患者さんに「どこを目指してますか?」というお話です。何を望まれているのかを確認します。そうすると、当たり前ですが、治りたい、症状をよくしたいということになります。それなら、こちらの治療法の方がお勧めですよとお話をします(それでもご理解いただけない方もおられますが)。

患者さんと医療者が常に治療を通して、何を目指しているのかをすり合わせておくことは本当に大切だと思っています。見ている方向さえ、違っていなければ、多少の問題が起きた時もまた立て直しができるからです。みなさんも受診の際には医療者と目指しているところが一致しているかを確認しながら、受診してみてくださいね。

2014年7月10日木曜日

お客さんは買いたい物を買うわけではなく、買いたい人から物を買う

みなさんは自分がよくわからない、門外漢だなと思うものはどのようにして買いますか?

たとえば、生命保険、車、家など。。。

素人がこれらについて詳しいということはあまりないでしょう。しかもそのためにすごく勉強するかというと、そんな人も少ないと思います。当たり前ですが、そのためにプロがいるわけです。

そうなると、どこの誰から物を買うでしょうか。そしてそれをどこで判断するのでしょうか。

それはその「人」でしょう。その「人」を信頼しているから買おうと思う。もっと言えば、そのものがほしいからというよりも、その人が好きだから、信頼できるから、その人の言うものなら間違いないだろうという気持ちでお金を払うはずです。

僕はこれを営業をしている人からのお話、本などから学びました。そうすると、自分の仕事でも同じだなと気づきました。はっきり言って得体のしれない、目に見えない心の問題を誰から治療を受けたいか。それは自分が信頼できる人からでしょう。そんなことを想像しながら、今日も診療に向き合いたいと思います。

2014年7月4日金曜日

人生は冥土までの暇つぶし

今日は僕の大好きな言葉を紹介したいと思います。

一つ目は

「人生は冥土までの暇つぶし」

あまりに有名な言葉なので、ご存知の方もおられるかもしれません。僧侶であり、小説家であり、政治家でもあった今東光大僧正の言葉です。正確には今東光さんは「人生とは何ですか?」の質問に、「人生は冥土までの暇つぶしや。だからこそ、上等な暇つぶしをせなあかん」と話されたそうです。

二つ目は

「人生は恐ろしい冗談の連続」

これは集英社で編集長、取締役をされていた島地勝彦さんの言葉です。島地さんは編集者時代に柴田錬三郎、今東光、開高健などの担当編集者を務めた方です。ローマ人の物語を書かれた塩野七生さんまでもが自分の作品ができたら島地さんに読んでもらうと本で読んだことがあります。

この2つの言葉は人生が何たるかをまだまだわかっていない僕をも救ってくれました。人生はどうせしんどいことばかりです。その中に、ほんの少しうれしいことがある。どこかほっとするというか、ああ、人生ってそう考えればいいのかと思わせてくれます。毎日が緊張の連続で肩ひじを張って生きている。この言葉を思い浮かべると、肩の力を抜いて生きれる気がします。

みなさんにとってもこのような言葉が生きていく上でお役にたてればと思いました。生きていく上で自分を慰める言葉の存在は大きいです。みなさんもそんな言葉を見つけてくださいね。


2014年7月2日水曜日

ほとんどの人は健康と病気の間にいる

大昔に買った遠藤周作さんのエッセイを見つけたので読みました。

その中に「二分法はやめて三分法で生きましょう」とありました。

二分法とは幸福と不幸、健康と病気、善と悪というようにこの人生のすべてを対立した二つに分けて考える思考方法です。この考え方は僕たちが子どものころから教育、習慣として叩き込まれて、当然だと思い込んでいる思考方法でしょう。

黒に対して白、金持ちに対して貧乏、悦びに対して悲しみ、健康に対して病気。

でも少し考えればすぐにわかることですが、僕たちが生きる人生はすべてを2つに分けて考えられるほど単純なものではない。多くの人はすごく幸福かと言われれば、そこまでではないけど、不幸かと言われればそれもなんか違うと感じるのではないでしょうか。悦びと悲しみの間の感情もあります。慢性の病気を抱えて、元気に生きる人もいる。良いとも悪いとも言えないこともあります。その間にある状態を第3の状態と考える。それを三分法と言います。つまりグレーゾーンがあるということでしょう。

ちょっと話がずれるかもしれませんが、多くの人はお金、地位、外見、健康がそれほどあるわけじゃないけど、なくもないというところではないでしょうか。あまりにお金があると、その使い方、その管理に辛くなる。あまりに容姿がきれいだと変な人に付きまとわれる。あまりに地位があると週刊誌に狙われる(笑)。そうすると、特別に何があるわけではないけど、中間くらいにいるほうが気楽に暮らせる。つまり満たされすぎずに、暮らすことが結局はいいということでしょう。

この考え方は病気を持ちながらも、完全な健康を得ようとはせずに病気のままだけど生きようとすることもこれに通じる気がします。逆に言えば、世の中に完全に健康な人などいるのでしょうか。さらに言えば、人は皆、境界の不明瞭なグレーゾーンに生きている。普通に生きるとはグレーゾーンに生きることなのでしょう。

物事の中間を許す、この三分法の考え方、いいなあと思います。