2014年6月25日水曜日

悲しみに暮れる人の心には悲しみのメロディーが流れている

去年の年末の情熱大陸で指揮者の佐渡裕さんを見ました。

今や世界的な指揮者である佐渡さんでも、世界中のオーケストラから呼ばれて、そのオーケストラからA,B,Cの評価を受けて「ぜひまた来てほしい」、「まあまあだった」、「二度と来てほしくない」とコメントを書かれるそうです。指揮するためにその国を訪問し、そのときに用意されている宿泊するホテルもそのオーケストラからの評価に従ってランクが違ってくる。「二度と来てほしくない」と書かれると、そのオーケストラに呼ばれることはほんとに二度とないそうです。つまり、今は良くても次があるとは限らない。「常にオーディションを受けているようなものです。60歳を超えて保障された老後を過ごせるなんて考えていない」と話されていました。睡眠薬を常に携帯して移動されている様子もありました。

この佐渡裕さんの厳しい生き方に感銘を受けたので、いつものように佐渡裕さんの本を買って読みました。

その中でこんな言葉がありました。

愛する人を失ったときに人は「私は悲しい」とは言わない。悲しみに暮れる人に言葉は無意味である。その人の心の中には言葉が存在しているのではなく、悲しみのメロディーが流れているからである。

この言葉をすべて肯定するわけではありませんが、これは衝撃でした。僕は日常的に患者さんのとんでもなく悲しい話をお聴きします。そのときに僕はただただ話を聴くだけで、何もできず無力感を感じ、たしかにどんな言葉をかけても意味がないように感じてきました。僕が精神科の治療の中で使う言葉は一番大きな存在ですが、それではどうしようもない時があります。そんな時、もし患者さんの心に流れるメロディーを感じることができれば、何らかの方法でその人の悲しみを少しでも癒すことができるのではないか。そんなことを夢想しています。

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