2014年4月18日金曜日

「うらやむこと」と「ねたむこと」は違う

僕はお酒を飲むことが好きなので、よく場末の居酒屋さんに行きます。そんなところに行くと、上司や部下の悪口を言ってる人によく出会います。

「あいつは運がよくて営業成績を上げている」、「なんであいつが出世するんだ」、「自分にはこんな辛いことがあって我慢してるのに」、「お金があっていいよね、あの人は」みたいな会話が多い気がします。

僕は「うらやむこと」と「ねたむこと」は違うと思っています。
自分よりも何かが上手にできたり、いい生活ができたり、いい結果を出せてる人を見ると、僕はすごくうらやましいです。自分もそうなりたいと思う。そうするためにはどうすればいいのか、その人と自分は何が違うのか、その方法を探して、何かいい方法があるなら直接聞きたいと思います。そして実際に聞いてしまいます(笑)

でも世の中には自分は努力をせずに、先に自分できない理由を並べてから嫌なことは避けて、他人のことを嫉む人が多いなと感じています。そして、どういうわけかそんな人は実際に精神的な調子がいつも悪いし、イライラして、表情も暗い。ねたむという思考が脳に相当なストレスを与えるのだと想像しています。

うらやましいという感情はどちらかと言えば、前向きです。自分もそうなりたいと思う。大学受験に失敗したけど、友達が合格したことでそれがうらやましくて自分もがんばる。仕事ができる先輩みたいになりたい。でもねたむという感情は後ろ向きです。他人への陰性感情がどうしても入ります。なんであいつだけあんなにうまくいくんだみたいな。

うらやむことと、ねたむことの道が分かれるのは、自分よりもいい状態にいる人を見たあとに、どう考えて、どう行動するかです。その人を見習いたいと思うのか、その人への批判の感情をもつだけで終わってしまうのか。

「これほどの努力を人は運という」という言葉がありますね。
本人はすごく努力して得た結果なのに、人はその努力や結果を運がいいという言葉で片付けます。人生というか、ねたむ人の気持ちをうまく表現した言葉だと常々思います。

今日は僕の大好きな見城徹さんが本の中でこの言葉について触れていたので、最後に載せたいと思います。

何かがうまくいってるときに人はみんな「運がいいよね、うまくいっちゃって」って言うけれども、冗談じゃないよ。俺はあなたの100倍血のにじむような努力をしてるんだっていうふうに言いたい気持ちを抑えて、飲み込むわけですよ。それを言っちゃったら馬鹿だから。「運がいいよね」って言われてない時はうまくいってない時だから「運がいいよね」って言われなきゃだめなんですよ。

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