2014年1月26日日曜日

患者さんが心を開くこと

「ここでは何でも話していいんだよ、先生が全部聞いてくれるから」

親御さんが子どもさんを連れて来られてよくおっしゃる言葉です。患者さん本人の気持ちを半ば強制的に話させようとするこの言葉。僕の中で、この言葉はかなり違和感のある言葉です。初めて会う大人に小さな子供がいきなり自分の本心を語ることはないということは以前に書きました。さらに僕の素朴な疑問として子どもでも大人でも診療の中で心を開くということが本当に治療になるのかということです(特に重症になればなるほど)。

確かに、安心や信頼がないと人は自分の本心を語りません。なので僕は患者さんに安心感や信頼感を持っていただけるよう丁寧に接することを心掛けています(しかも安心感や信頼感もゆっくり得られるのが普通です)。でも安心や信頼と心を開くということは違う気がするのです。心を開くということは自分の辛い体験を話すことになるわけです。僕は医者なので、患者さんの症状をよくすることが仕事です。辛い体験をお聴きするだけで症状がよくなる人もいますが、それは軽症の場合に多い気がします。辛い体験をご自身で話してもらうと、症状の話からは離れてしまい、感情が噴き出します。そしてその後にトラウマの再体験、つまりフラッシュバックのように状態が悪くなる方がおられます。つまり治療をしないといけないのに、涙が止まらないまま終わってしまったり、診察後に状態が診察前よりも悪くなって、「僕は何をしてるんだ」みたいに感じることも多々あります。

少なくとも子どもであれ、大人であれ、無理やり心を開かせようとするのはまずいなと感じています。治療するためには涙であふれたままで診療時間が終わってしまうというのはある意味危険です。状態が悪いままで帰宅してもらうことになるわけです。一番よくない例は重いトラウマ体験がある場合です。それは学校での激しいいじめもしかりです。治療するために経過や症状をお聴きする中で心が開かれて、感情が噴き出してしまうなら、症状を聴けているので治療につながるでしょう。でも辛い体験を語ってるうちに、会話にならないことがあります。そうなると治療ではなく、近所のおばちゃんの人生相談に終わってしまいます。単に吐き出してもらって終わり。それですっきりしましたとなる人もいるでしょう。でも重症になればなるほど、心を開いてもらうことには慎重にならなくてはなりません。だから精神科医の間ではトラウマの治療は慎重にしなくてはいけないとされています。何でもかんでも心を開けばいいってもんじゃない。僕は治療する医者です。症状があるなら、それをよくする方法を考えなくてはいけません。

僕はいたずらに患者さんの心を無理に開かせようとしませんし、患者さんも無理に「ここではすべて話さないと」と思う必要はないと思います。患者さんの人生や辛い部分を語ることが必ずしも治療につながらないからです。大切なのは治療につながるのかどうかです。

患者さんに心を開くなとは言いません。ただ、僕は丁寧に症状をお聴きして、それが治療につながり、結果的に心を開く。そしてそのころには状態が少しでもよくなってくれていることが理想です。なぜなら人は状態がよくなってくると自分の辛い体験も冷静に語ることができるようになるからです。なので心を開かせることは結果であって、まずは状態を少しでもよくすることが大切なのです。


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