2013年12月3日火曜日

人を信じることの難しさ

僕は通常の診療以外に、子ども家庭センター、児童養護施設、支援学校の子どもたちと接することがあります。この時に僕が思うことは人を信じることの難しさです。人を信じることが到底できない厳しい状況で暮らしている子どもたちがいます。具体的には日々の愛情がないまま、親の感情の起伏のまま身体的、言語的暴力を受ける子どもたち、生きていくための養育を受けることができない子どもたち。

日常的に接する親が子どもたちに安心感を与えることができていれば、子どもたちは親という存在を信じることができます。そして一番近い存在である親を信じることができれば、外に出た時に人という存在を信じることができます。しかしその親が子どもたちに安心感を与えなけれな、外に出た時に人を信じることができなくなります。

こう書くと、子どもに安心感を与えるために、いつも子供を大事にして、できるだけ子どもに不快な感情を持たせないよう、機嫌を取る人がいます。しかし安心感を与えることと機嫌を取ることは違います。

この時の僕の結論は普段は思い切り愛して、間違った行動をしたときには思い切り叱るということです。さらに日常的に子どもたちを愛する、具体的にはご飯をちゃんと食べてるか、夜はちゃんと寝れてるか、学校で困ったことがないのかなど、日々子どもたちを心配しているという姿勢が子どもたちに伝われば、子どもたちは親の愛情、それから得られる安心感、つまり人を信じることを学びます。親を信じていれば、自分が間違ったことをしたときに叱られても、親を憎むことは決してありません。

それがかなわない不遇な環境で過ごしている子どもたちには僕が言うのもおこがましいですが、人を信じる体験をしてもらうことを目指しています。具体的にはそんな子どもたちに最前線で接している大人である、子ども家庭センターの職員の方、施設や支援学校の先生方に、子どもたちにとって信じられる存在になってもらえるよう、子どもたちの日々の悩み、食事、睡眠などの基本的なことについて尋ねてもらうようお願いしています。安定的な大人との関係を続けることが子どもたちが人を信じることにつながるのだと考えています。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。