2013年10月31日木曜日

誰かの役に立つこと

人が生きている究極の意味って何でしょうか?

人により様々でしょうが、僕は誰かの役に立つということだと考えています。

子どもの役に立つ、友達の役に立つ、親の役に立つ。
人の役に立っていると感じられるあの快感というか充実感って、いわく言い難い部分がありますよね。さらに、その時に人はとんでもなく力や気力がわいてくる気がします。

誰かの役に立つことは、人に生きる力を与えてくれる最も大きなものだと思います。

2013年10月29日火曜日

自信を持てない子どもたちにできること

自分に自信が持てない人に出会うことが多いと感じています。それは大人であれ、子どもであれ、僕も含めて(笑)。

じゃあ、自信を持ってもらうにはどうしたらいいのか。

それは誰が見ても評価できる小さな自信を重ねてもらうことだと思います。家のお手伝い、兄弟の世話、勉強のプリント1枚。比べる対象は他人ではなく以前の自分です。1年前、1か月前、1週間前に比べて、この部分はできるようになったというところを作るようにお願いしています。そしてもちろん親御さんには本人に褒めるようにしてもらいます。

不潔恐怖で手洗いが長ければ少し短くなれば少しの自信になるでしょう。外に出れなかったなら、少し散歩できるだけでもいいでしょう。働けなければ、短期のバイトができるだけでいいでしょう。

対自分という比較対象に対してわかりやすくするために、僕は日々の生活をノートにメモしてもらいます。それは僕が診療しやすくなる部分もありますが、ご自身でそれを見て、「できてる部分もあるな」とご本人に思ってもらうためでもあります。患者さんはみなさん、よくなられていても、「まだこれができな、あれができない」と良くなってる部分には注目されずに、次の問題に行こうとされます。もちろん、すごいスピードでよくなる人もおられますが、多くは本当にゆっくりゆっくりよくなられる人がほとんどです。

僕の師匠の山上敏子先生がよくおっしゃいます。「大逆転のホームランなんて、ねらっちゃだめ。小さな変化を重ねて、治療していきなさい」。

小さな自信を重ねていってもらえるよう、お手伝いをしたいともいます。


2013年10月28日月曜日

治療は9割がタイミング

精神科の診療では人生における、その人個人ではどうしようもないことが起こってしまった患者さんに出会います。つまり、今の生活の状況や環境が変わらないと、どうしようもない。でもやはり辛いからクリニックに来られます。その間に生活スタイルの改善、睡眠や食事を整える、日中の過ごし方、仕事との付き合い方などから治療の糸口を探します。できることは限られていますが、少しずつでもいいから改善がみられたらと思い、診療します。

精神科医としてご高名な土居健郎先生は「治療の9割はタイミング」という言葉を残されています。

所詮、一人の人間である自分は人の心の治療というものに対して、状況や環境が変わろうとしている、患者さんが治ろうとしている「ここだ」というタイミングを間違えずに、治ることの邪魔をしないことが大切なのかもしれません。僕はどうしても早く良くなってほしいと焦ってしまうきらいがあります。そのタイミングが来るまで患者さんと一緒に我慢しなければいけませんね。

2013年10月25日金曜日

患者さんが自信を与えてくれる

先日、「患者さんに癒される」という題でブログを書きました。

それからまた感じたことがありました。

内科や外科では~という診察の所見と~という検査で診断して、~という薬で、~という術式で治療をします。それは医師、患者の両者にとって診断、治療の流れがわかりやすく明確で、あとから振り返っても、よくなった理由の説明がつきやすい。しかし精神科では診断は検査というよりは問診がメイン。治療は薬もありますが、精神療法という会話中心の治療であり、その治療というのは医師、患者ともにその効果がわかりにくいことがあります。やはり内科や外科に比べて、精神科は人のこころという曖昧模糊としたものを治療対象にしているので、それは仕方ないなと思います。

正直なところ、治療をしている自分が「どうしてよくなったのかわからないけど、よくなったなあ」ってことは結構あります。その理由が一つ一つ説明できないのは自分の技術がまだまだだなと思います。ただ、医師の技術だけではなく、こちらが気持ちを入れてお話しする、真剣にお話を聴く(この2つは本当に大切だと思います)、その人の人生の中での偶然、患者さん自身の努力、家族の協力、環境の変化など、多くの要素をもってよくなったんじゃないかという想像をしています。この時、治療者としては少し辛いものがあります。「あっ、よくなったのは僕以外の力なのかな」と考えてしまいます。

僕たち精神科医にとって、自分の治療が間違ってなかったともっとも感じさせてくれるのは一連の長い治療が終わった後に、「先生に出会えたからよくなれました」という患者さんからいただく一言な気がします。僕はその言葉をいただけた時、自分が医師のはずなのに、逆に患者さんが自分に自信を与えてくれる医師のように感じます。僕たちだって人間です。患者さんが心の底から発してくれる言葉は僕たち医師を健康にし、明日の診療へのエネルギーを与えてくれるのです。

2013年10月24日木曜日

1日中スマホ

1日中スマホをしてる子、落ち着かなくて家の中をうろうろしてる子。

統合失調症、摂食障害、うつ病、トラウマ体験のある子など状態や疾患の種類は違えど、表面に出てくる様子は似ています。そんな子たちにスマホやうろうろしている理由を聞くと「何かしてないとしんどい」、「じっとできない」、「落ち着くから」などと言います。

僕の想像ですが、1日中スマホをしてるのは本当は好きでしてるんじゃなくて、自分の心の置き場所がなくて、スマホをすることで自分を何とかコントロールしてるんだろうなと思います。他の例でいえば、リストカットや大量服薬、過食嘔吐などの自傷行為も似た作用があると思います。その根幹にあるのは自分を受け入れてくれない体験、自分や周囲へのいらだちなど様々でしょう。自分ではどうしようもないので、落ち着かない。港を探している小舟のようなものだと思います。その小舟は明かりを持たないので、どこにたどり着けばいいのかわからない。その港でもっともいいのは親でしょう。それが困難な場合には学校の先生、友達、知り合いのおじさんでもいいかもしれません。その子にとって「落ち着くなあ」という感覚を持てる場所が大切なんだということです。その小舟の明かりに僕や当院のスタッフがなれたら、さらにそんな港の一つに宋こどものこころ醫院がなれればいいなと思います。

2013年10月21日月曜日

後医は名医

「後医は名医」

後に診察した医者のほうが情報が多く治療しやすく、患者さんの状態も良くなりやすいということです。

これは研修医の時に指導医の先生に教えていただいた言葉です。

日々の診療の中で、複数の医療機関を受診してから来られる方、その逆で僕のところに来てくれて他の医療機関を受診したい方。もちろん両方あります。

研修医の時にこの言葉と同時に習ったことがあります。それは自分が後で診察した医者であれば、決して前に診察された医者の批判はしないということ。まあ、これは同業者としての最低限のマナーですよね。改めて言うまでもないことかもしれませんが、患者さんの前で他の先生の批判はしてはいけません。また後からの評価なら誰でもできます。まあ、現実として僕らくらいの世代の先生で患者さんの前で他の先生を批判している人は見たことがありません。もともと良識を持った先生も多いでしょうし、研修医の段階でそのような心得はみんな習っているのだと思います。

複数の医療機関を受診されて来られた方の中には診察室の中で「あの先生は話を聴いてくれなかった」、「何年通ってもよくならない」と言われる方もおられます。そして診察の後に、「先生は前の先生とは違う。これからついていきます。」なんてことを言ってくれる方もおられます。でも僕はその時、「僕もどこかで同じようなことを言われているんだろうな」と思っています。だって、自分が他の先生方よりも優れていて、患者さんに満足していただけるなんて自信(過信?)は僕にはありません。他の先生と自分を比較する余裕もありません。ただ目の前の患者さんをよくすること、自分の技術を磨くことに腐心するしかありません。他の人の畑を気にしている暇がない。自分の畑を耕すだけで精一杯です。また精神科の治療は主に人の会話で行われるものです。先生のお考え、お互い(患者さんも医師も)の状態、ニュアンス、その時の状況によって様々です。他の先生の診察をそこで見ていたわけでもないのに批判なんてできません。


患者さんには僕も宋こどものこころ醫院もいろんな方面からの評価をいただいてると思います。その時に僕が思うのは、自分たちを大きく見せるのではなく、今自分たちができる小さなことを一つ一つしていく。それに尽きると思っています。

最後に僕の好きな言葉を一つ。
2004年には年間262安打を放ち、ジョージ・シスラーのもつ年間257安打を84年ぶりに更新したときのイチローの言葉です。

「いま、小さいことを多く重ねることがとんでもないところに行くただ一つの道なんだなというふうに感じています」

これは患者さんにも言えることだと思います。精神科の治療はすぐには結果が出ません。希望を捨てずに、小さなことを一緒に重ねていけたらと思います。

2013年10月17日木曜日

乳児院で子どもの相談を受けてきました

休診日の昨日は大阪府内のある乳児院で子どもの相談を受けてきました。

僕は年に5-10回くらい施設、乳児院などで子どもたちの相談をお受けすることがあります。その日はゆっくり時間をかけて、一人の子について関係機関(施設スタッフ、子ども家庭センターなど)の方々から多くの情報をお聴きして、その子への対応、親御さんへの対応、今後の方針などをみんなで決めていくところに僕がお邪魔します。

多いケースとしては施設ですので、保護者からの虐待を受けた、非行、自傷行為、粗暴行為などがどうしても多くなります。どこの施設に行っても感じることですが、施設スタッフの方々は本当に一生懸命、本人に関わっておられ、僕の話にも真剣に耳を傾けていただけます。それに僕も答えたいとどうしても熱くなってしまいます。内心、僕なんかでいいのかと恐縮してしまうくらいに。。。

施設に相談を受けに行かせてもらうことでいいなと思うのは一つのケースを深く掘り下げることで僕も勉強になること、子どもたちのために頑張ってるスタッフの方の姿を見ると仲間みたいに感じて僕も力をいただけることがあります。
あっ、あえて僕の希望を言うとすれば、そこでの僕の話がどの程度お役にたっているのかをまた後ででも経過を知らせてもらえれば、すごくうれしい気はしています。次からの僕のやる気につながるので(笑)

今後もクリニック以外でも、少しずつ子どもたちのお役に立ちたいですね。

2013年10月16日水曜日

迷った時は必ず険しい道を選ぶ

先日のプロフェッショナルでチーズ農家の吉田全作さんのお話を見ました。全くの素人から幻のチーズと言われるチーズを作られた方です。

その中の吉田さんの言葉。

「常に険しい道を選んできたからこそ、今がある。自分の思った道を実現するにはいろんな道があると思う。簡単な道としんどい道の岐路がある。その時私は必ず面倒くさいほうを選んできた。そうすると必ず成功する。面倒くさい道は誰も選ばないし、多くのヒントが落ちている。それを経験から知っている。」

僕の心にすごく響く言葉でした。人は楽な方に流されてしまうものですよね(もちろん僕もです)。でもそれに流され続けていると、周囲と同じかそれ以下にしかなれない気がしていました。今現在流行っているものですぐに仕事を始める人を見るといつも、「それで大丈夫ですか?」と聞きたくなってしまう。流行ってるものはもうすでに流行っているからはじめは楽に商売として成り立つかもしれない。でもそれは長くは続かない。流行に乗ることは簡単でも、それを作ることはすごく大変で、誰もしない。誰もしないものは多くが面倒くさくて、しんどくて、先が見えない。それを乗り越えることで大きなものが得られる。僕もこれから迷った時はできるだけ険しい道を選んで生きていきたいと思います(笑)。それが治療法なのか、社会的な活動なのかはまだわかりません。ただそれで僕の治療の打率を上げることにつながり、子どもたちや親御さんのお役にたてることができれば、僕個人、宋こどものこころ醫院として最高に幸せだと思います。

2013年10月14日月曜日

僕にとって診察室は舞台でありリング

先日のswitch interviewで俳優の藤原竜也さんとプロボクサーの長谷川穂積さんの対談を見ました。

その中で藤原さんは演劇の本番で舞台に上がる時、舞台が中止にならないかなあと思うといいます。長谷川さんは試合の直前、リングに上がる直前まで帰りたいな、中止にならないかなと思うといいます。でも始まるとスイッチが入るとそうです。

お二人ともその直前まで必死で準備しているはずなのに、舞台や試合が怖いのだなと思いました。僕にとっても診察は自分の力を発揮する場所であり、自分を表現する場所です。でも正直診察の前は怖いと思うことは日常的にあります。仕事の中で連戦連勝ということはありません。むしろ辛いことが多いのが現状です。それはどの仕事も同じではないかと思っていました。仕事ってそんなに甘くない。ごくたまに仕事でいいこと、すごく満足できることがあるくらいが正常でしょう。でもその一瞬のために日々研鑽を積むのだと思います。人生も同じですね。

お二人の話をお聞きして、自分と同じように思ってるんだと内心ほっとする部分と、自分の方向としては間違っていないのだと思える時間でした。

2013年10月12日土曜日

日本児童青年精神医学会総会に参加してきました



毎年参加している日本児童青年精神医学会が今年は札幌であり、参加してきました。北海道全体がもうすでに完全に秋めいていました。

この学会の中で医者歴50年の先生の講演をお聴きして「医者ができることは限られている」という言葉が僕とまったく同じ意見であったことに少し自信を持てました。その先生は今は社会的な活動をされているそうです。僕も将来的には臨床だけでなく、学校や福祉との連携、さらには社会的な活動をしていくことで子どもたちの心の健康に貢献できたらと強く思いました。

2013年10月9日水曜日

診察は1回で終わりではない

外来に来られる患者さんたちは多くの場合、一つ二つではなく、多くの悩みを持って来られます。そうなると必然的に診察の中ではいろんなことを話したくなります。自ら話しながら、それに刺激されて、あれもこれも聞きたいとなるのは人の気持ちとして当然だと思います。

今の日本の保険医療制度上、精神科クリニックでの診察の時間は限られてしまいます。その限られた時間の中で最高のパフォーマンスを目指すのが僕たちの仕事です。当院では再診の一人の診察時間は10分前後です。治療する僕としてはこの10分間をどう使うのかが最大のテーマです。

1回の診察で5個、10個と話題を出される場合があります。そのときにお話しするのは診察の時間が限られているので、1回の診察で扱うテーマは2つまでとしてくださいとお願いしています。多くの場合、長期的な問題はそんなに簡単に解決しないことが多いので、状態をよく聴いてからでないと僕の意見をお話しできないからです。

診察1回で今現在の問題をすべて解決したいと思うのは人情でしょう。ただ現実には時間的な制約に加えて、時間の流れの中で問題が軽快したり、変化していくことも多いです。なので、1回の診察で少しずつ症状や問題を氷解させていくようなイメージです。トータルの治療期間は患者さんによりますが、その1回1回を重ねていくことで治療を継続させ、最終的に治療を完成させたいです。

2013年10月7日月曜日

いつも来てくださる患者さんを大切にしたい

初めて来てくださる患者さんがいます。何度も診察に通ってくださる患者さんがいます。

僕は勤務医から開業医になり、自分のクリニックを構えることになりました。言ってしまえば、個人商店です。顧客があっての商売。なので新しく来てくださる患者さんはありがたいです。通りがかりで見た、知人に聞いた、ホームページを見た、医療機関から紹介された。いろんな経路で来ていただけます。

もちろん初めて来ていただける方は大切です。ただ最近僕は何度も、何年も通ってくださる患者さんのことを思います。僕にすごい肩書があるわけでもない、すごい実績があるわけでもない。時に僕が患者さんに苦言を呈することもあります。それでも来ていただける。勤務医のころから思っていましたが、これはありがたいの一言です。

長く通院していただける方のお役にたてるよう、これからも努力していきたいです。



2013年10月3日木曜日

患者さんに癒される

恥ずかしいので一人の精神科医のつぶやきとしてお聴きください。

正直、日々の診療の中で治療がうまく行かない、自分がまだまだ足りないと思いながら仕事をすることが多々あります。こんな状態で自分は診療してていいのかなと思うときもあります。

そんな中最近、気付いたことがあります。以前から薄々自分では気づいていただのですが、「仕事のストレスは仕事が解決してくれる」ということでした。仕事でだめなときは仕事で結果を出したり、仕事でいいことがあるほうがいいということです。

その中で一番大きなものは患者さんが僕を癒してくれるというものです。仕事がうまく行かない時に、患者さん(もちろん子どもも大人の方も)からのあいさつ、温かい言葉、笑顔、たわいのない世間話。その時、「この人に救われた」と思います。幸せなことに僕にはそんな患者さんが何人かいらっしゃいます。診察では基本的に僕が聴く側になることが多いので、外から見たら僕が話を聴いて診療してるように見えても、僕の気持ちとしては僕が癒されてるんです。診察が終わった後に「ありがとうございました」を言われると、「僕がもっとありがとうございました」とつい返したくなります。

変な話ですよね。医者が患者に救われるなんて。恥ずかしくて言いにくいことですが、ここでは正直に話しちゃいました。人ってやっぱり人に支えられて生きてるんですね。僕は恥ずかしながら患者さんに支えてもらいながら、診療しています。