2013年7月31日水曜日

子どもをほめるということ

いろんな育児書に「子どもはできるだけほめましょう」という言葉が乱発されているように感じます。児童精神科外来の中でも「教えられたとおり、幼いころからいっぱいほめてきたのですが、子どもは言うことをききません」というお母さんの言葉をよく耳にします。

一般的に「子どもをほめる」ということに反論のある方は少ないのではないでしょうか。

ただ大切なのはいつ、どのタイミングでほめるのかということです。結論から言うと、本人の様子をちゃんと観察せずにほめると、その「ほめる」という効果は落ちるということです。

「ほめる」ということの本質的な目的は何でしょうか?
それは子どものできるところを伸ばすこと、または不適切な行動を減らすことでしょう。つまり多くの場合、何らかの効果を狙ってほめるわけです。

たとえば、トイレットトレーニング中に初めてトイレでおしっこができたときにお母さんは「よくできたねー!」と頭をなでながら思いっきりほめます。これはいいことです。でも1年後にトイレでおしっこができたことで子どもをほめたりはしませんよね。その時にそれは当たり前になっているわけです。つまり普段の本人の様子をよく観察し、がんばってるなあ、しっかりできたなあというタイミングでほめてあげなければいけないわけです。何でもかんでもほめればいいというものではありません。

効果的に子どもをほめるというのは実はそれほど簡単なことではありません。その時の本人の様子、がんばり、落ち込みなど、詳細に本人の様子を親として観察した上でようやく「よくがんばったね」という一言が出てくるわけです。場合によっては、ほめたい気持ちをその時はぐっとこらえて、知らないふりをしておいて、あとで結果がしっかり出たときに2倍にしてほめてあげることがいいのかもしれません。さらに言えば、どんな言葉が子どもたちの琴線に触れるのかを考えてほめる言葉をその時々で変えてあげる必要もあるでしょう。

ご家庭によって幅はあると思いますが、ほめる頻度は親として「少し少ないかな」くらいにしておくと、一回のほめる効果が高まる気がします。

本人の様子をよく観察して効果的にほめてあげてくださいね。

2013年7月29日月曜日

行動療法との出会い

精神科医になってすぐのころの僕は患者さんの診察をするときは主訴、病歴をとりあえず聞いて、支持的精神療法という名の親切心や親切な態度、薬物療法、利用できるサービスの提案、あとは思いつき。自分にあるのは薬と病気の知識と今までみてきた患者さんから得た経験の3つだけ。いつもなんとなく患者さんを診察していました。確かにそれも医者としての大切な技術。それだけでよくなる人はおられるけど、病院という看板が、医者という資格が、白衣が、薬が治してるのかもしれない。これは技術じゃない。自分が治療してる実感がほしくて小児科をやめたはずなのに、自分が治療してるという実感がない。精神科の経験が短い自分としては不安と虚しさを抱えたままで、自分がしてる治療とその方向性に自分自身が常に疑問を持っていました。治療者である自分自身が今患者さんに何をしてるのかさえ見えていない。はっきり言って自分の言葉、精神療法に何の根拠もないといえるかもしれない。僕の造語ですが、それは「丸腰精神療法」。武器がない。徒手空拳ですね。要するに何となく話を聴いて思いつきのアドバイスをしてるだけ。


小児科をしていたためか、人のこころという大海原の中でも客観的理由・根拠というものをいつも求めていました。そのときに行動療法の山上先生の本と出会いました。山上先生の診察を見せていただき、疑問をぶつけて質問し続けることで、一人の患者さんを目の前にしたときに「どこからどうしていったらいいのか」という方向性が少しずつ見えてきました。山上先生がいつも言われる「自分が患者さんに話したことは、そのたびに自分なりのその理由を言えないといけない」。これだ!と思いました。その時のその質問にはちゃんと根拠があって患者さんに質問する。それから少しずつですが、根拠をもって患者さんに問診したり、傾聴したりできるようになりました。大上段に構えてしまいましたが、行動療法が完璧なわけもなく、すべてなわけでもなく、僕自身まだまだわからないことばかりです。ただ小さな自信を持って患者さんと対峙できるようになったこと、これが行動療法を勉強して得た最大の収穫です。山上先生には現在も月1回、ご指導をいただいており、さらに技術を高めていきたいと考えています。

2013年7月28日日曜日

昨日はきょうこころのクリニックの最後の外来でした


昨日は4年間お世話になったきょうこころのクリニックでの最後の外来でした。

僕はここで院長はじめ多くのスタッフの方に出会い、クリニック臨床、経営を含めて本当に多くのことを学びました。さらに児童精神科外来のみをさせていただいたのでたくさんの19歳までの子どもたち、その保護者の方の診察をさせていただきました。院長の姜先生には開業準備の期間(今もです)、具体的なアドバイスをいただきました。僕のボキャブラリーの乏しさでは、きょうクリの方々への感謝の言葉が見つかりません。きょうこころのクリニックの院長、スタッフの方は本当に優秀で、やさしいのです。きょうこころのクリニックは僕の目標です。

これからは連携はもちろん、宋こどものこころ醫院として、きょうこころのクリニックに何かの形で恩返しができたらと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

2013年7月24日水曜日

発達障害という言葉

児童精神科の中で発達障害は本当に大きな存在です。外来の中で1,2番目くらいによく出会うものです。

僕は小児科医をしているときに発達障害という言葉に初めて出会いました。小児科、精神科臨床を通して、発達障害の勉強や患者さんにお会いする中でこの「発達障害」という言葉はつくづくよくできている言葉だなと思いました(もちろん、障害という言葉が適切かどうかという部分はあります)。

発達障害はその実年齢にしてはある特定の部分でうまく進んでいない状態です。本当は進むはずなのに、何かに邪魔されているイメージでしょうか。発達障害でよく言われる、3つの特徴、つまり、こだわり(一つのおもちゃでずっと遊んでる)、コミュニケーションの障害(うまく自分の気持ちが話せない)、社会性の障害(回りを見ずに自分中心に動いてしまう、相手の意図がわからない)などは幼い子供であればある程度誰でも持っているものです。こんなことを3,4歳からできてしまうほうが不自然です。つまり誰もが幼いころは持っているわけです。それらが多くの方は年齢が上がるにつれて徐々に薄れていくのに対して、それがある程度のところで発達が停滞している、あるいはその速度が落ちてる状態が発達障害です。

じゃあ、どこからが発達障害なのか。本当によく聞かれる質問です。僕としての答えは同年代の子たちに比べて協調性を保てないくらい大きく遅れているのか、そしてそれによって社会的に問題が生じているのか(人に迷惑をかける、学校に行けないなど)です。この2つを判断の基準にしています。

ただ、ここでお断りしておくと、発達障害はグラデュエーションのようなものです。さっきの3つの特徴の色が濃い方から薄い方までいます。全くない方はほぼいません。なので、判断に迷う方が多いのが現実です。僕は診断に迷うときはその方の特性だけを説明して、診断名を大きく取り上げないようにしています。少なくとも「~障害」と言われてうれしい方はそれほど多くないと思いますので。

2013年7月22日月曜日

将来、自分が何をしたらいいのかわからない子どもたちへ

「将来、自分が何をしたらいいのかわかりません」

外来で思春期の子どもたち、あるいは親御さんのお話の中でよく出てくる話題です。

僕ははじめこの話題のときにどんな話をすればいいのか、かなり悩みました。よくあるのが、日々の生活で自分の人生についてあまり深く考える必要のない状況にある場合です。家には親がいるし、食べるのにも困らないし、学校はまあまあ楽しい。確かにこの状況だと子どもたちは自分の将来や未来について悩まなくていいのかもしれません。あるいは、これを考えることは思春期の子どもたちにとっては未来に対しての漠然とした不安を自分で掘り下げてしまうことになるのかもしれません。

このときに僕は子どもたちには親は先に死ぬこと、いずれは社会に出る日が必ず来ること、その時には自分で生きていかなくてはいけないこと伝えます。そして今から真剣に以下のことを考えるように言います。

自分は何がしたいのか?
自分は何をしてる時が幸せなのか?
自分は何が一番得意なのか?
自分は何なのか?


これを徹底的に考え抜く。わからなければ誰かに相談しながら、その相談を通して自分の中の答えを探す。人と話しているうちに発想がわいてくることはよくある。今すぐに答えが出なくてもいいから、悩み続けることが大切である。

これはなかなかエネルギーがいることなので、みんな嫌がりますが、これは最終的に避けて通れません。

親御さんにはご両親が外で今日はこんなことがあって、どんな仕事をして、お金を稼ぐことはこんなに大変なんだ、社会はこんなに厳しいんだという日々親御さんが感じている現実をリアルに話してくださいとお願いしています。子どもの前でいい格好をする必要なんてありませんよね。食卓でお父さんが今日あった辛かったことを話しながら泣いてもいいと思うんです。親は子どもたちにとって、人生の先輩です。「人生の予告編」を子どもたちに見せてあげることも大切な子育てです。

そして子どもの将来について家庭で大いに話題にしてください。親が子供の将来について真剣に悩んでいる姿を子どもたちに見せてあげてください。その姿を見せることも子どもたちが自分の人生と真剣に向き合うきっかけになるかもしれません。

2013年7月20日土曜日

精神科医も命にかかわる仕事

テレビでは外科や内科の先生が人の命を救うという番組が多い気がします。難しい手術をしたり、特殊な薬を使って治療する先生たち。すごいですよね。僕もいつも格好いいなあと思います。

それに対して、みなさんの精神科医のイメージってどんなものでしょうか?精神科医って話を聴いて薬を処方するだけ?僕は恥ずかしながら、小児科医をしているときまでは精神科はあまり人の命と関わらないのではないかと思っていました(最近はさすがにうつ病の自殺が取り上げられていますね)。

でも実際に精神科の臨床を始めると、いつも死の間近にいる人たちに出会います。深くリストカットをしてしまい血が止まらない子、マンションから飛び降りて全身の骨折をする人、首をつろうとして家族に止められる人、睡眠薬をたくさん飲みすぎて呼吸が止まった状態で病院に来る子。みなさん、それぞれの事情を抱えて、危ない行為をされます。精神科医としては一番緊張する瞬間です。そんな時、精神科医の自分自身がいろんな患者さんの命をつないでいるんだなと感じます。これは決して不遜な気持ちではなく、「今、僕が言葉を間違えたら、大変なことになるかも」と思うわけです。

そのときに、改めて、命に関わっているのは外科や内科の先生だけでなく、精神科医も本当の意味で人の命にかかわる仕事なのだなと痛感しました。

僕の中では、自殺に向き合う精神科診療はいつちぎれるかわからない細い糸のようなものを使って、一日一日その人の命をつなぐイメージです。その細い糸に自分の診療がなれればと思います。


2013年7月18日木曜日

「うちの子、ADHDだと思うんです」


診察室に入って、まだ話をしていないうちから「うちの子、ADHDだと思うんです」、「私はうつ病なんで認知行動療法をしてください」、「この薬は副作用があると聞いたので、他の薬に変えるか、減らすかしてください」という方がおられます。
 
精神科の病院やクリニックを受診するまでにかなりつらい思いをされているため、気持ちはかなりわかります。でも考えてみるとこれらはかなり危険なことです。
 
今はネットを中心に情報が溢れすぎて、それを読んで「自分は~だ」、「この症状は薬のせいだ」と思い、原因をつかんだので少し救われるみたいなことはありえると思います。

でも診断や治療法というのは、その人の状態から医師が診察の中で判断することです。あまりそういう視線を持ちすぎると自分や子どもが「~病」、「~障害」だと思い込んで、ネットに書いてある症状を診察時にそのまま話をします。そうすると誤って主治医に「~病」、「~障害」と診断されてしまう可能性が高まります。つまり、誤診される可能性が出てくるわけです。
 
なので、受診するときに知識を持っていただくことは大切ですが、それを診察時にあまり主張しすぎると、診察してもらってる主治医に「~病」、「~障害」だと思わせてしまうわけです。当たり前ですが、医師も人間です。情報に流されるということがあるわけです。特に信憑性の高い大人である親御さんの言葉です。特に精神科という検査結果で診断することがほとんどない科ではそれが顕著に出てしまいます。治療法や薬も同じです。
 
あくまで僕の印象ですが、診察時にあまりに一つの診断、治療、薬にこだわってしまう方はどうしても治りにくいです。医師も完璧とは言いませんし、はっきり言って玉石混交だと思います。でも素直にお話ができる患者さんは治りやすく、こちらが考えた末の考えをお話しても、ご自身の考えを変えられない方はいろんな医療機関を渡り歩いていたり、治りにくい印象です。知識は持っていらっしゃっても、まずは普通に診察を受けていただき、医師の言ってることと自分の状態があまりに違うなというときに、それらの知識を出していただくほうが、誤診されないですむと思います。また、「この先生は悪くないな」くらいの医師に出会われた場合には、基本的にはその主治医の先生の指示に従っていただくのが得策だと思います。

昔、勤めていた病院の先輩がいつも患者さんにお話されていました。「ネットはいいこともあるけど、必ず副作用もあるよ。だからほどほどに見ておかないと自分自身が辛くなるよ。だって誰が書いたのかわからないんだから。」と。

2013年7月17日水曜日

スタッフは家族です

みなさま、おはようございます。

来月6日の開院に向けて、昨日からスタッフのみなさんの研修が始まりました。さらに昨日は内装をしていただいた建築会社の方から最終的な引き渡しをしていただきました。その引き渡しのあと、一緒に食事をさせていただきました。

今回内装をお願いした横田満康建築研究所のスタッフの方々は「内装で患者さんの治療をしたい」という僕のニーズを一つ一つ丁寧にインタビューしてくださりました。今年のお正月の初めての打ち合わせから、半年間で設計と工事を完了していただきました。僕は素人なので、その期間が長いのか短いのかはわからなかったのですが、横田さんいわく、「1.5倍くらいの速さ」ですとのこと。かなり無理をお願いして、設計と工事を進めていただきました。毎週のように打ち合わせをし、僕のニーズを具現化し、良いものにしようという気概をスタッフの方からいつも感じていました。このとき、僕はこのインタビューは精神科診療と同じだなと思いました。クライアント(患者さん)のニーズをより正確にこちらが汲み取り、プロとして、そのクライアント(患者さん)にとって最高のパフォーマンスが出せるように最大限協力すること。これはまさに精神科診療ですね。

そしてこれから僕がはじめてスタッフを雇用して経営していく中で、どうすればいいのかを長年社長をされている横田さんにお聞きしました。すると「スタッフは家族です」というお言葉。うなりましたね~。そうなんです。スタッフを家族だと思えばいいわけです。何か、体が軽くなった気がしました。あまり他人行儀なことが得意ではない僕の性格からして、ピタッと合う言葉でした。これから宋こどものこころ醫院のスタッフを自分の家族だと思って、一緒に頑張っていきたいと思います。



2013年7月13日土曜日

患者さんのお話を整理することは重要な仕事


患者さんは精神的な疲れから頭の中が混乱した状態で来られることが多々あります。僕も含めて人間は誰でもそうですが、精神的な余裕がなくなると頭の中で整理ができずに、話が支離滅裂になります。そうなると自分でも何を言っているのかわからないときさえあります。僕たち精神科医はそれを承知した上で(短い診察時間の中で)、お話を整理しながらお聴きするようにしています。お話の交通整理とでも言いましょうか。

特に初診の方だと見ず知らずの初めて会う医者に、自分の内情をどこまで話していいのかわからない、緊張もする、しかも頭はかなり混乱している。これはかなりストレスがかかることです。僕はこの時内心、「話をそんなに上手にまとめようとしないでもいいですよ」と思っています。逆に言うと、ご自身の話を上手にまとめて話ができる人は状態としては軽症の可能性がありますし、能力的にも高いものをお持ちであると判断できます。

患者さんのお話をうまく整理してあげる能力が精神科医には必要です。話を整理してあげるだけで、今まで見えていなかった方向性が見えて患者さんがよくなられることがあります。うつ病の方は思考の視野だけでなく、実際に視野が狭くなるといわれています。そのときに、問題点や考えを整理することは大切な治療になるわけです。僕も患者さんのお話をもっと上手に整理できるようになりたいです。

2013年7月11日木曜日

「子どもへの接し方を教えてください」

「子どもへの接し方を教えてください」という希望を持って、児童精神科外来に来られるご両親がたくさんおられます。

診断(発達障害なのか、うつ病なのかなど)や本人の状態を知ること(学校にどの程度行けているのか、友達はいるのかなど)はもちろん大切です。でも、実は親としてはそんな診断名よりも日常生活の中で本人とどう接すればいいのかを知りたいわけです。僕は診断は大切ですが、診断がつこうが、つかまいが、子供本人、あるいはその患者さん本人の状態をできるだけ正確に把握し、どうすればいいのか、具体的な接し方をお伝えするようにしています(これが結構大変ではありますが)。

僕たちが行っている医療は間違いなくサービスです。患者さんのニーズにこちらが持てる力を出して、最大限お答えすることで成り立つ仕事です。診察の時に僕が心がけているのは「この患者さんは何を望んで、ここに来られたのか」を知ることです。お話を聞きながら、そのニーズを探しています。

2013年7月9日火曜日

童顔にもほどがある

僕は行動療法の山上敏子先生の外来の見学とご指導をいただくために毎月1回、福岡を訪れています。ホームページのごあいさつのところにもお書きしたとおり、山上先生に指導をいただいてから、僕の診療スタイルは激変しました。

でもその話は次回にして、今日は僕が童顔で悩んでいるということです。

なぜ福岡の話をしたのかというと、今日ちょうど福岡に行ってきました。今朝いつものように外来のところで白衣姿で立っていました。すると僕の前におじいさんが近づいてこられて、病院のシステムについて聞かれて話していたところ、「医師になるの?」と聞かれました。「いや、もう医師なんです」とお答えすると「それは失礼いたしました」とおじいさん。でも内心は「いや、僕もう大学を卒業して10年以上は経つんだけどなあ」と思っていました。

僕のこれまでの童顔の歴史にはそれはそれは長いものがあります(くだらない歴史ですが(笑))。

まずは高校を卒業し、大学受験が終わった18歳のとき。入学式まですることがなかった僕は一人でゲームセンターで遊んでいました。すると中学生が寄ってきて「お金貸して」というのです。何を言っているんだと思ったんですが、よく考えるとこれはいわゆるカツアゲというものかと。内心、もう大学生になろうという自分が中学生にカツアゲされる自分があまりに情けなくなりました。そこで僕は「貸すお金はないけど、君、何歳?」と聞くと「お前は何歳や?」と中学生。「18やけど」と答えると、その中学生は「うそつくな」と離れていきました。

次は大学6年生のとき。少しだけ知り合いのあるおばさんと話をしていて「僕は今年受験生なんです」と話したところ「あーそうなの、ところでどこの大学を受験するの?」とおばさん。さすがに「いや、大学受験は6年前に終わりまして」とお答えしておきました。

そして医者になってから7,8年が過ぎたころ。外来で初めてお会いする躁状態(気分が上がってしまっている状態のこと)のおじさんの患者さんが診察室に入ってくるなり、いきなり、「先生は医者になって何年?俺は研修医はいややで」と。僕はここでもさすがに「医者になって7年経ちました」とご説明。

またあるときは小学生の娘を小学校まで迎えに行ったら、小学校の先生に「いとこのお兄さんが迎えに来てくれたのね」と。ここでは内心、それは言い過ぎだろうと思いながらも、僕は「いや、僕が父親でして」とご説明。すると「あーそうなんですか?」と本当に驚かれる始末。

今ではあまりにも同じようなエピソードがありすぎて覚えきれません。しかも職業柄、あまりに童顔だと信用問題になってきます。小児科医として研修医の指導医をすることになったときは研修医の先生よりも僕が幼く見えて、僕が説明するよりも研修医の先生が説明するときのほうが患者さんのお母さんがよく話を聞いてくれたりして。。。

物には「ほど」というものがあります。童顔にも「ほど」があると思うのですが、みなさんはどう思いますか?(笑)

しかし、まあ初めてお会いする患者さんが診察室に入ってきたときは「えっ、こんな若い先生?」みたいな表情なのに、診察室を出て行かれる時はすごく笑顔になられてる時は内心、「してやったり」と思います。そのためにはやっぱり日々の研鑽が大切ですね。

2013年7月7日日曜日

宋こどものこころ醫院が完成しました

暑い暑い大阪でついに宋こどものこころ醫院が完成しました。
(醫院の名前は父が書いてくれました)


今年のお正月から綿密な打ち合わせを重ねて、6か月かけてようやく完成しました。建築会社のスタッフの方々に丁寧にインタビューしていただき、一つ一つ本当に心を込めてしていただきました。この場を借りて、感謝の気持ちを表したいです。

内装のコンセプトは「クリニックに入っていただいたところから帰られるまでが治療」でお願いしました。クリニックの中にいるだけで癒されるように。それを忠実に形にしていただけました。僕の好きな言葉に「魂は細部に宿る」があります(もともとは神は細部に宿るですね)。小さなところにまでこだわっていただきました。

宋こどものこころ醫院は医療のスキルはもちろん、スタッフ、内装を合わせて治療だと考えています。これから内装の写真撮影を行い、後日ホームページをリニューアルしますのでそのときにご覧いただければうれしいです。

明日から電話での受診予約を受け付けます。電話番号を明日の朝9時からホームページで公開します。受診を希望していただける方はお電話いただければ幸いです。

宋こどものこころ醫院は今の大阪の暑い気候に負けないくらい、熱い気持ちで診療いたします。建物だけでなく、クリニックとして真の完成を目指してがんばっていきます。よろしくお願いいたします。

2013年7月3日水曜日

大人の方も診察します


児童精神科医というと、大人は診ないの?とよく聞かれます。しかし、日本ではそんな児童精神科医はほとんどいません。これは日本の精神科医の教育によるものかもしれません。基本的に精神科医の教育は大人の精神科を勉強し、その後に専門を決める段階で児童思春期、老年期、睡眠、薬物依存などと別れていきます。

医療機関の中には「うちは~は専門外なので診ません」と受診の段階でいろいろと制限をしてしまうところもあります。もちろん、自分の限界や専門性をしっかりと把握することは大切です。でも患者さんに会う前からそれを診ないとするのは違う気がします。前の医療機関から情報や紹介状と、実際お会いした患者さんで全く印象が違うことがよくあります。なので、僕は小さな診療所ではありますすが、子どもから大人まで精神科で診療するとされているものはすべて診させていただきます(身体の治療が優先される場合、特殊な検査が必要な場合、暴力や暴言などの危険な行為をされる場合を除いて)。紹介状はあくまで情報の一つとしていただき、実際に診察させてもらってからその後の治療、通院、紹介の判断をしてきましたし、これからもそうしようと考えています。これは僕が何でも診られるといっているのではなく、まずは診させていただきたいということです。それで僕では難しいと判断すれば、他の医療機関や先生を紹介させていただきます。