2018年1月13日土曜日

自分の中に汚いものがあるから綺麗なものがわかる

菜根譚の中にこんな言葉があります。

潔(けつ)は常に汚(お)より出(い)で、明は毎(つね)に晦(かい)より生ずる

清潔なものは常に汚い物から出てくるし、明るいものは常に暗い物から生ずるという意味です。

世の中の格言やすばらしい至言は何か高潔で崇高な概念から生まれているように見えますが、そんなはずはないですよね。その言葉を生み出した人がそれに気づいたのは自分の中の汚いものがあったからこそ、その綺麗なことに気づけたと思います。なぜなら、汚いと言う概念は綺麗という概念があるからこそ成立するからです。なので、自分という中に汚いものがあるから綺麗なものがわかるし、暗いものがあるから明るいものがわかるのでしょう。つまり、自分の中に汚いもの、暗いものがあっていいわけです。それがないと世の中の綺麗なもの明るいものに気づけないでしょうから。

2018年1月6日土曜日

難しいからこそ何十年もかけてやる価値がある

将棋で29連勝を達成した藤井聡太四段。30連勝にならなかった時に藤井四段の師匠、杉本昌隆七段がこんなことを言っておられました。

「毎回いい将棋が指せて勝っていけたらこんな簡単な世界はない。難しいからこそ何十年もかけてやる価値がある」

これは負け惜しみでも弁解でもなんでもなく、物事の真理であると思います。そんなに毎回勝ってしまえるなら、それは長く続かずに途中でやめてしまうことになる。僕も日々の臨床で連戦連勝なんてことはありません。本当は治療の成功率を100%にしたいです。当院に来てくれた人は全員楽になってもらいたい。でもそれができなくてへこむ時があります。そんな時にこの言葉はまた次の治療に臨む時に力をくれる言葉です。


2017年12月30日土曜日

自分の枠組みから解放されると楽になる

もう明日は大みそかですね。今年も僕にとっては怒涛の1年が過ぎた気がします。今年最後のブログです。

最近、治療をしながら枠組みという言葉の重要性を日々感じています。枠組みって、ふと聞いてもあまりピンとこない部分もあると思います。

例えば、疲れて電車に乗ってる時に電車の中で子供が泣いてるのを聴いて、「うるさいなあ」と思うとします。この「うるさいなあ」が自分の枠組みです。自分の枠組みを持ったことになるわけです。それでうるさいなあと思いながら、子供の方を見ると真っ赤な顔をしてハーハー言いながら泣いている。あっ、これは熱があるかもしれないと思うと、かわいそうだなあと思う。これもまた枠組みです。ついさっきまでうるさいなあと思っていたのに、かわいそうだなとなったわけです。この時、枠組みが変化したと言います。

人は出来事や現象に何らかの意味づけをするものです。それが枠組みです。僕は人の話を聴いて治療するのが仕事なので、この枠組みの概念は非常に大事になります。自分が患者さんやその家族を見たときにいい枠組み、つまりいい人たちだなあと思えたらその人たちのいいところがどんどん見えて、治療はかなり楽になります。でもそれが過剰になると、思い入れが強くなりすぎて、うまくいかないこともあります。逆に悪い人たちだなあと思うと、逆に治療になりません。その人たちのいいところ、持ってる力が見えてこないからです。つまり、治療をうまくするためには自分の枠組みを意識し、それに自由でなければなりません。目の前の患者さんがいいも悪いもないわけです。それは僕が勝手に意味付けした僕の枠組みだからです。この自分の枠組みに気付くと、自分を客観視できて、いい悪いという考えから離れられて、治療は非常に楽になります。それは日常生活でも同じです。あらゆる出来事や現象は否定的にも肯定的にも見ることができます。それは自分の持つ枠組み次第です。みなさんも自分の枠組みを意識してみてください。ある出来事に対して自分はどう感じているのかを見るわけです。すると、人はどちらかと言えば良い感情を持ちたいですから、その自分の枠組みに気付くだけで、いい枠組みを持とうと枠組みを変化させます。またはそれに縛られている自分に気付いて、楽になります。すると、考え方が頑なにならず、自由になるので、さらに楽になれます。僕もまだ練習の途中ですが、みなさんにもお勧めしたくて、書きました。

今年1年、ブログを読んでいただいて、ありがとうございました。ブログを始めた当初からはだいぶ主旨が違ってきて、僕の日記みたいになってしまっていますが、来年からも細々と続けていきたいと思っていますので、ご興味のあられる方はよろしくお願いいたします。みなさんにとって、2018年が今年よりも良い年になりますように。

2017年12月23日土曜日

受診を決めることができた時点で治る方向に流れはできている

人は何か悩みができると、自分で考えて解決する、調べる、友人に相談するなどの努力をします。それでもどうにもならず、時にカウンセリングや精神科に行こうかなと考える人もいるでしょう。でもカウンセリングや精神科に行って、人に悩みを話すのは嫌だな、何を言われるのかな、精神科なんて行きたくないなどいろんな葛藤をすることもあるでしょう。それでも自分の現実を受け止めて、医療機関に頼りたいと決める。そんな葛藤の末に、治療を受けようと思った人の多くは良くなる可能性が高くなります。その理由はいくつもあります。受診を決めた時点でその人は「良くなりたい」という気持ちは最高潮に達しておりそのモチベーションの高さが解決につながりやすいから、受診を決めるまでにいろんな試行錯誤を重ねてきて本人も少し解決の糸口が見えてくるから、受診を決めて誰かに頼ることができると思うだけで気持ちが楽になるから、などなど。僕がよく経験するのは電話で受診予約をして1か月ばかりかかることがあるので、その間にすでに症状や問題が解決の方向に向いて、すっかり良くなってしまうというケースです。人の力ってすごいなといつも思います。もし受診を決めることができた人は自信を持ってもらっていいと思います。すでにいい流れはできています。

2017年12月16日土曜日

療育は障害がある時だけにするものではない

子供の発達の問題に対して療育を受けるかということについて皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。一般的には何らかの障害がある時に療育は受けるものというイメージだと思います。僕の経験上、親御さんたちは発達障害、知的障害などの診断を受けた場合には療育というのは受けるものなのだと受け入れてくれる方が多い。一方で、はっきりとした障害と診断は受けていないが、何となく周囲よりも幼い、衝動性が強い、言葉が遅いなど少し違和感があるくらいだとあまり進んで医療機関や療育機関に行かないという方が多い気がします。子供のことで違和感を感じて、不安でありながらなかなか勇気が出ないという親御さんに出会います。医療機関や療育機関は何も障害を見つける場所ではありません。むしろ発達の悩みについて解消するための手段をお伝えする場です。少なくとも、当院で行う療育は健常の子供たちの育児において使う方法をより細かいステップにしてみたり、工夫したりしたものです。なので療育は何も障害のある子供に対してだけするものではありません。なので、医療機関や療育機関をあまり特別なものとして見ずにお子さんの違和感を感じたら、まずは近くの相談機関で尋ねてみてください。