2017年10月21日土曜日

人の心に土足で入らないように

人は知らない間に他の人の心に土足で入ってしまうことがあります。精神科医も同じです。患者さんを傷つけたいなんて思う精神科医はいないでしょう。でも知らない間に患者さんの心に土足で入っている時がある。僕自身、「あっ、やってしまった」という経験がたくさんあります。でもそれは患者さんにとってはやってしまったでは許されない。この確率をいかに下げていくか。そのためには言うまでもなく、患者さんの考えや思いをしっかりと正確に知った上で接することが何よりも大事なのでしょう。でもこれはこの字面にあるほど簡単なことではありません。多くの人はそんなに自分の気持ちをストレートに投げてはくれません。それを患者さんの様子や言葉の使い方からこちら側が敏感に感じ取っていく。この敏感さは精神科医にとって本当に大切な技術だと思います。

2017年10月14日土曜日

人の交わりにも季節がある

最近学者の南方熊楠と中国の革命家の孫文は、孫文が中国で革命を成功させた暁には北京に熊楠のために植物園を立ててあげると約束するくらいの熱い友情を交わした親友であったそうです。

しかし後年二人は二度と会わずにそれぞれの人生を終えています。孫文の死を知った熊楠が残した言葉があるそうです。

人の交わりにも季節がある

まさに人間関係を的確に表現した至言ではないかと思います。

2017年10月6日金曜日

誰も人を傷つけたいわけではない

心ない言葉を直接言われたり、誰かを通して聞いたりすることがあります。それをそのまま受けて、傷つくことがあります。でもそれってその人が自分のことを傷つけることだけが目的でわざわざ傷つく言葉を言うのでしょうか。その裏に、その言葉を言った人の悲しみ、寂しさ、辛さなんかがある気がします。スピリチュアリストの江原啓之がこんなことを言っていました。

「幸せな人は意地悪しない」

何かしらみんな悲しみを持っているから、誰かのせいにしたり、誰かを攻撃したくなる。誰も人を傷つけたいわけではない。そんな気がします。

2017年9月30日土曜日

医者が処方するのは薬ではなく希望

少しでも気持ちがしんどくなると、過食嘔吐が止めれない子。幻聴が頭から離れなくて1日中動けない子。強迫の症状のせいで汚いことが気になって手を洗うことを1日中止めれず手がボロボロになってしまう子。みんなそれぞれの症状があまりにも過酷で辛くて、そこから抜け出せないでいる。そんな時に親はそんな我が子を連れて医療機関を受診する。親子でその症状のせいで憔悴しきった様子。これが児童精神科の臨床の現場です。医者として僕ができることは薬の処方や素晴らしい金言や説法ではありません。医者が処方するのはその人たちがもしかしたら治るかもしれないという希望です。そういう意味では薬も治るかもしれないという希望の役割としての薬を処方するわけです。何の効果もないプラセボの薬でもうつ病の6割の人が改善したというデータがあります。これはもちろんプラセボとして出された小麦粉が効果があったわけではありません。この薬(プラセボ)を飲めば治るかもしれないという希望がそうさせたはずです。あらゆる治療において一番大切なのは希望であると僕は考えています。

2017年9月23日土曜日

その悩みにはその人が一番一生懸命

患者さんやご家族はなんらかの悩みや問題、症状を抱えて精神科を訪れます。それは患者さん本人が来られる場合、ご家族と一緒の場合、本人は来れなくてご家族だけということもあります。いずれにせよ、多くの場合はその問題について一番なんとかしたいと思っている方が来られます。そして訪ねて来られるその方は一番その問題に一生懸命で、一番その問題について詳しい。でもその問題はなんとかできない(と思っている)。僕の立場でいくと、それをどうしたらいいのかと尋ねられます。実はその人自身が一番問題を解決することができる人なのに。その時に僕たち治療者がすることはその一番一生懸命で、一番詳しい方が持っているいろんな力をどうしたら引き出せるのか。僕らの仕事はそこだなと最近つくづく思います。「こんなに一生懸命で素晴らしい力を持った方がなんでこんなことで悩んでおられるのかな」。お話をお聴きしてると、そんな風に思うことが非常に多いのです。