2017年9月15日金曜日

心理検査の数字以上にできることはよくある

発達指数が低いのに、親の顔色が見れる、保育所でやることの手順を覚えている、友達と一緒に笑顔で遊べる。検査で数字が低くてもこんなことは児童精神科臨床では日常的にあります。

これはなぜかというと、検査の数字は検査をする検査者、状況、検査の内容など多くの要素で数字が算出されるために、冗談ではなくあくまでも参考ということになります。しかも検査は多角的にその人のことを判断しますが、それで日常生活の全てが説明できるわけではありません。数字を見て、それに打ちひしがれてしまうこともあると思います。でも親御さんが望んでいるのはその数字でしょうか。望んでいるのはその子の日常生活が少しでも楽になり、出来ることが増えて、さらには我が子の将来の幸せでしょう。

決して検査結果を楽観的にみてくださいという意味ではありません。ただ大切なのは数字を参考にしながら、そこから得られた情報で本人の将来の幸せのためにどう関わってあげられるのか。それを周囲の方(ご家族、学校の先生、主治医の先生、心理士の先生)と相談されることをお勧めします。



2017年9月8日金曜日

一緒に楽になりましょう

僕はこのブログの中で勝手な自分の考えを書いています。診療では僕は専門家としての意見を求めれることがあり、それに答えるのは義務です。しかしブログは義務ではないので好きに書いています(笑)。

なのでここでは僕が精神科医としてとか、専門家としてとかではありません。僕も一人の迷える人間であり、人って同じような悩みをしているんじゃないか、それに共感する人がいたら一緒に楽になれるんじゃないか。そんな気持ちでブログを書いています。ブログを書き始めた当初は何か情報を発信しないといけないという変な気負いがありました。でも今は本当の正直な気持ちを書いて、もし共感する人がいてくれたらいいな、その人と一緒に楽になれたらいいなと思って書いています。

2017年9月2日土曜日

自分を解放する時間を持つ



モノマネのコロッケさんの舞台を見てきました。今年でデビュー37年目を迎えたそうです。日本のモノマネを作った人と言っても過言ではない方です。物まねを生業とすることでいろんな批判があったはずなのに、自分の世界を作られたことは本当にすごいと思います。ショーの内容は本当に素晴らしかったのですが、僕が感じたのは観客側の人たちのショーや公演を観るときの姿勢です。笑わせてくれるモノマネやアップテンポで楽しく盛り上がる曲でも真剣に座って動かずに見ている人が多いのです。それは遠慮深さなのか、人の視線を意識するからなのか、そういう文化がある気がします。困ったコロッケさんが苦笑いしながら、こんなことを言っていました。

「このショーはそんなに真面目に見るようなものではありません。もっと楽に笑いながら見てください(笑)」

しんみり聴くバラードならまだしも、せっかくお金を払って、時間を使って笑って楽しむために来ているわけですから、もっと自分を出して、騒いでいいと思います。自分を解放する時間を持つ。そのためにショーや公演に行かれるのは本当にオススメしたいです。

2017年8月26日土曜日

心理士の育成をそばで見ながら

醫院で大学院生の実習を受け入れてから、心理士の先生方の育成に関わり、彼らの姿をそばで見させてもらうことが多くなりました。その中で精神科医の育成について思うことがありました(もちろん、ここで述べることは僕個人の経験や感じたことなので、いろんな育成の仕方があることを前提に読んでみてください)。

精神科医という仕事は人との会話を通して行うことが多いため、ライセンスと会話さえできれば誰でも出来てしまいます。僕自身、小児科から精神科に転科した時に、先輩の診察を何回か見ただけで「さあ、まずは患者さんを診察してみて」みたいに、いきなりのぶっつけ本番でした。精神科以外の科の場合、そんなわけにはいきません。お腹の手術を数回見て、指導医もついていないのに、いきなり手術をすることはないはずです。僕が小児科の研修医だった時も、そばには部長先生がついてくれて、あれこれ指示しながら教えてくれたことを思い出します。

医者というライセンス、医学知識だけで、あとは日常的に自分が友達の話を聴くときと何も変わらない会話術。到底、患者さんに提供できる精神療法、お客さんに食べてもらえる料理ではありません。これが精神科医になったばかりの時の僕の姿です。完全に我流の精神療法を行い、患者さんへの返答に困ると、ごまかすことを繰り返し、そのごまかす技術ばかりが高まって、僕自身、すごく嫌でした。

一方で、心理士は患者さん一人に出会うまでに先輩の横について陪席を長期間重ね、ようやく初めての患者さんを担当し、さらにその1例のケースについて先生から指導を受けるという形式をとることが多い。そうすると、準備期間を十分置き、一人の判断ではなく先生の指導を受けた上で一人一人の患者さんに関わるので、勉強にもなりますし、患者さんにとっても大きなミスが減り、全体に丁寧になっているように僕は感じています(そうでない心理士もいるかもしれませんが)。

精神科医の育成を僕はたくさんはしたことがありませんが、これから精神科医になろうと思っている人たちに、決して当時の僕のようにはなってほしくありません。心理士の育成を通して、多くのことを感じ、勉強させてもらっています。

2017年8月18日金曜日

治療者が治すのではなく、その人が治る(治す)のだ

病院やカウンセリングルームに行くと、そこの専門家の偉い先生が治してくれると期待していきます。これはかくいう僕も患者の立場で病院に行く時はそれを期待していきます。でも実際はどうなのでしょうか。僕は精神療法を勉強して、その考えに変化が起きました。それでもう一度これまでの自分の臨床を振り返って、考え直してみたんです。

僕は小児科臨床や精神科臨床しか直接自分が経験したことはありませんが、その中でもそうでした。小児科では患者さん自身の力(体力、治癒力、免疫力)がないと薬は使えませんし、重要な処置も行えません。特に生命の危機状態にある子供たちには、その治癒力、生命力の大きさには日常的に驚かされていました。精神科でも患者さんやそのご家族のもともと持たれている強み(例:家族の結束が固い、家族それぞれが強く干渉しない)、得意なこと(例:スポーツが得意、字が綺麗に書ける)、性格(例:優しい、思いやりがある、頑張り屋さん)などが治療において大きな力を発して、よくなっていかれる患者さんに日常的に多く出会います。これらも全て患者さんやご家族の力です。決して僕が提供するものではありません。さらに言うならば、物理的に手術を受けるということでさえ、その患者さん自身の力が治療の中ではかなり大きな部分を占めます。もし患者さんの力がなければ、その手術を行うことさえできません。

患者さんは治療者が治すのではなく、その人やご家族の力で治るのであり、その方々が治すのです。その方の力を発揮しやすいようにお手伝いするのが治療者だと考えています。これは僕が開発したものでもなんでもなく精神療法の学びの中で教わったものを自分の経験に照らし合わせながら考えて、言葉にしてみました。それを皆さんにもおすそ分けしたくて今日のブログに書いてみました^^